酒造業、教育や食、環境といった生命にかかわる問題をテーマに地域貢献に努め、地元の教育委員長や学校給食運営の会長などを歴任する寺田本家 23代目当主 寺田啓佐さんにインタビューを行いました。

寺田啓佐さん

寺田啓佐さんのプロフィール

1948年、千葉県生まれ。自然酒蔵元『寺田本家』23代目当主。

1974年、300年続く老舗の造り酒屋『寺田本家』に婿入りする。1985年、経営の破綻と病気を機に、自然酒造りに転向。自然に学び、原点に帰った酒造りによる「五人娘」を製造販売する。その後、発芽玄米酒「むすひ」や、どぶろくの元祖「醍醐のしずく」など、健康に配慮したユニークな酒を次々と商品化し、話題を呼んでいる。酒造業のかたわら、教育や食、環境といった生命にかかわる問題をテーマに地域貢献に努め、地元の教育委員長や学校給食運営の会長などを歴任する。

著書には「発酵道--酒蔵の微生物が教えてくれた人間の生き方」(2007年)、「斎藤一人成功する人くさる人」(2008年)などがある。

「菌と響き合って生きる -微生物に学ぶ『発酵経営』-」

(聞き手/デジパ:桐谷)

桐谷

寺田本家さんは"百薬の長"たる日本酒造りを目指していらっしゃいますが、お酒は百薬の長というのは本当なんでしょうか?

寺田

人によって適量とされる量は違いますが、適量飲酒を続けた人の生活習慣病や動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中などの発生率が半減しているという報告があります。それから、秋田大学医学博士の滝沢行雄さんの実験によると、ヒトの癌細胞にお酒をたらすと癌細胞が消えちゃうんだそうです。

他にも、骨粗しょう症や精神的な病の欝やひきこもりだとかパニック障害の改善例もたくさん出ています。美容効果もいいしですし。お酒はまさに百薬の長ですよ。

百薬といっても市販の薬とは大きく異なります。お酒の中にいる微生物がつくりだした分泌物・代謝物が人間の免疫力を上げて、神経やホルモンのバランスをとってくれている。我々は菌に支えられて生かされているということです。

ですから日本人はもっと菌食を増やすことに着目したほうがいいと思っています。これだけ医療費が右肩上がりになって、日本の財政は医療費によって相当食われてるわけですから。

寺田本家では、お酒を飲めない人のために「マイ(米)グルト」という、どぶろくのアルコールが入っていないものも造っています。これなら赤ちゃんからお年寄りまで菌を摂っていただけますからね。

インタビューの様子写真

桐谷

私は発芽玄米酒「むすひ」が大好きなんですが、効能としてはどのお酒が一番というのはあるんでしょうか?

寺田

好きなものを飲んでいただくのが一番いいんじゃないかと思いますよ。それが一番ありがたいですね。

「五人娘」というお酒がありますが、その名の通り愛娘を送り出すような気持ちで造っているんです。喜ばれて飲んでもらいたいなと思っています。

「むすひ」について言えば、日本酒の鑑定官がお米を削れば削るほどいい酒ができるという指導をしていたことがあったのですが、私はそれを聞いて本当なのか?と疑問でした。というのも、私は35歳の頃に自分の腸が腐ってしまう病気になったのですが、玄米食で回復したということもありましたので。

玄米は土に入れると芽が出て実になっていく生命力があります。白米のように磨いてしまえば、それは無くなるんですよ。玄米は命をつないでいます。命の力っていうのは見えないから、栄養学などには出てこないですが、そこに目を向けなければ自分の腐った腸は回復しなかったかもしれないとさえ思うんです。

ですから、お米を磨かないで玄米でお酒を造ったらといいに違いないと考えて、15年程前から玄米酒造りに取り組み始め、5年間試行錯誤して完成したのが「むすひ」です。

桐谷

米作りから変えられたんですよね?

寺田

はい。その当時、まわりを見渡しても無農薬でお米を作っておられるところはなかったので、山形の新庄で無農薬米を作っておられる農家さんに訪ねて行ったり、うちでも田んぼを買ったりして無農薬米作りを始めました。

桐谷

寺田本家さんのお酒は古くから日本にあったものを再生されているのでしょうか、それとも更に進化させていっているのでしょうか?

寺田

玄米酒のヒントになったのは伊勢神宮にある古い文献だったのですが、確かに、だんだん本物を求めているうちに昔の日本酒にもどってきたという感じはありますね。

桐谷

著書「発酵道」にもありましたが、寺田本家さんはもともと近代的な経営をされていたんですよね?

寺田

そうです。ここへ婿入りしてから、初めのうちは生産性や効率を追いかけて普通の経営をしていたんです。

それが、ことごとくうまくいかない。それどころか赤字がどんどんかさんできて蔵の経営は傾きました。寺田本家は300年続く酒蔵なんですけれど、自分の代で終わりかなと思ったこともありました。そんな中、大きく方向転換したのが35歳の頃でした。

桐谷

それは入院がきっかけだったとか。

インタビューの様子写真

寺田

はい。先ほどもお話ししましたが、自分の腸が腐ってしまったんです。

当初うちも"三増酒"という、合成乳酸、合成こはく酸、グルタミン酸ソーダ、アルコール、粉あめ、こういった添加物いっぱいのお酒をつくっていました。

ある日町のおじいさんに声をかけられたのです、「お役に立ってますか」と。その頃の自分は「あぁ、お役に立ってるよ」と思っていたんですよ。でも実際は、売上を上げよう、成功してやろうっていう我意識ばかりの頃でしたから、口先だけはいいお酒つくってお役に立ってますよと言っていても、現実はとんでもないお酒をつくっていたんですよね。

新しく経営に乗り出していた蕎麦屋や居酒屋も上手く行かず、蔵に40年勤めた番頭や越後杜氏も辞めていく。自分の体が腐り、蔵も腐り、家庭も腐り、あっちもこっちも腐ってきてしまったという時期でした。

それは、自然の摂理に逆らった生き方をしていたからだったんですよ。どうしたら勝ち組になっていけるか、成功できるか、利益や売上を伸ばしていけるか、そんなことに終始していたんですけれども、結局のところ自分が楽しくなかった、自分の命が喜ぶような生き方をしていなかったんですね。

では、自然に沿った生き方とは何だろうと考えました。そしてある時、小さな生き物である微生物みたいに生きたらいいんだということに気づいたんです。

微生物というのは、みんな自分が大好きで、自分に心地よい生き方しかしないんです。無理をしない、がんばらない。人間も自然の中の一匹の生き物ですが、よくそれをうっかり忘れてしまう。そして自然の摂理から離れてがんばってしまう。努力してしまう。でもこれが結局裏目に出て、時には逆に腐ってしまう。

私はお酒造りをしていて、発酵してると腐らないということを知りました。お味噌もお醤油もそうですが、自然に沿っていると自ずと発酵してきて、腐らない。どうして腐らないかというと、変化しているからなんですよね。

桐谷

人間も自然に沿って発酵して生きる、ですか。

寺田

そうです。微生物みたいに自分らしく、心地良く生きる、もうひとつは、仲良く生きること。

人間社会は競争社会、奪い合いの社会です。一方、微生物の世界では奪い合いというのはどこにもないんです。自分の役割や使命を心得、相手を尊重し、自分の出番になるとやってきて命を燃やして使命を果たします。そして次の微生物にバトンタッチしていく--これが微生物の分かち合いの世界、共生の世界です。

人間の--私もかつてそうだったように、自然に逆らった生き方を、微生物のように自分らしく心地良く仲良く生きる方向にシフトしていくということが、まさにこれからの循環型、調和、共生の世界を創りだしていくんじゃないかなと思っています。

発酵というのは、微生物である菌が有機物を分解して化学変化を起こし、新しい違ったものに変えていく触媒作用のことをいいます。要は物が変化するということです。

牛乳の中に乳酸菌が入るとヨーグルトになりますね。菌が入らなければ牛乳は腐ってしまいます。お酒でいえば、お米とかお水を発酵型の微生物--麹菌、乳酸菌、酵母菌といった微生物が命がけで役割を果たしながらお酒というものに変えていく。微生物は腐らないものを造っているんですね。

菌や、菌がつくりだすものを排除することによって世の中は何かおかしくなってきちゃった--牛乳を飲めば健康になるといってたのに、みんな骨がもろくなってきちゃった。子供たちもプッツンと切れたり、いじめやワケの分からない殺人事件が起きるような世の中になってきました。私はこれが、発酵から離れた腐敗の現象だと思ってるんですよ。

腐敗循環というんでしょうか、この地球上の生きとし生けるものの中でも腐敗を選択しているのは人間だけじゃないでしょうかね。人間の我意識、エゴ、それが腐敗をうみます。

桐谷

人間は腐敗から発酵にシフトしていくべきということでしょうか。

寺田

キーワードは"正しく変える"じゃなく"楽しく変わる"だと思っています。

私はかつて"正しく変われ"と考えてやっていました。地元の教育委員長をやっていた頃、校長先生には「あなたたちは間違っている、間違っているから学校現場にこれだけいじめが起きて、時には自殺者も出すんだ」と、教師には「子供のほうを見ていないからだ、教師のエゴなんだ、間違ってるのは教育関係者だ」とやっていた。

振り返ってみると、自分では正しいことを言ったつもりでも、変えようとした私自身が変わろうとせずに相手を変えようとしたために、結局大きな壁にぶち当たって何の解決にもつながらなかった。もっと楽しく一緒に自分も変わるという思いでやっていたら、教育現場も違っていったんじゃないかな。

経営が傾いた当時、自分は間違っていない、正しい、悪いのは辞めてった番頭や杜氏のせいだ、そんなふうに見てたんです。自分から変わるなんて考えもしなかった。でも、発酵するというのは自分が変わることなんだということに気がついてから、見方や考え方は変わっていきました。

インタビューの様子写真

桐谷

なるほど。神崎という場所は「発酵の里」として近年注目されています。これは寺田本家さんが変わってきたことが由来となっているのでしょうか。

寺田

そうあったらいいなと思っています。

自然に沿った生き方や考え方をするようになってから、作り手によってお酒は変わってくることを知りました。そして、その人の意識が場も作っていく--"発酵場"ができていくということも分かりました。

発酵場というのは心地よい場なんです。心地よい場には私たち人間も含めて生き物はみな引き寄せられます。ですから、正しいよりも楽しいことをしている場所に発酵場が生まれ、そこに人は引き寄せられるということはあるかもしれませんね。

去年の3月に「蔵祭り」という祭りを開催したのですが、この6千人の小さな町に3万5千人が集まったんです。前日からいろんな人たちが泊りがけで来て--泊まりといっても宿があるわけではないので蔵の前に車を停めてそこで寝て、朝になったら蔵の応援に来てくれるんです。それも、発酵場に引き寄せられて、ということの現れかもしれないですね。

いつしか町長が「ここは発酵の里だ」と言い出しました。それがだんだんと町の職員から町民へその意識が芽生えてきて、よそ者馬鹿者が"発酵"という楽しさをキーワードにあれこれやっていたら、この町に住んできた人たちを動かしてきた。それは正しいというよりも、あいつらやってることなんか楽しそうじゃねえか、ってことなんですよ。

町が変わるという時、きっかけとなるのはやはりよその人たちなんですよね。地元からはなかなか変われないものです。なぜなら不安とか恐れがあるからです。よそ者、変わり者、馬鹿者、こういう人たちがやってきて町の人たちをも新しい流れに飲み込んでいく。

桐谷

寺田本家さんや神崎の発酵のお話しを伺っていると、やはりここに日本の再生へのヒントがあるのではないかと感じます。

寺田

正しいという観点に立つと「俺は正しい、お前は間違ってる」というふうに争いや対立が生まれます。でも、これからは争いや対立で変革していく時代ではないんじゃないかな。人を責めて正しい方に引っ張り込むんじゃなくて、ひとりでに楽しい方にシフトさせるような。

現に、こんな小さな弱い酒蔵でも、助けよう支えようとしてくれる人たちがどんどん出てきて、あの酒蔵と一緒にやっていく、生きて行くっていう人たちがたくさん出てきていますから。

自分らしく心地よく仲良くと言ったって、この競争社会の中では生きて行けないでしょうとおっしゃるかもしれませんが、うちには営業マンもいない、宣伝もしないんですよ。

例えばある飲食店が、寺田さんのか他社さんのお酒どっちにしようかって迷っていたとすると、「どっちでもいいならうちじゃないほうがいいんじゃないですか」と言います。「どうぞどうぞ」の世界なんです。「なんとかうちのお酒お願いできないでしょうか」というのは一切無いです、争わない。それから、「五人娘」のお話しでも言いましたが、歓迎されてもらってもらいたいという気持ちもありますから。

理想論としてとしては分かるけれどもそんな悠長なことを言っていて実際営業成り立つんですかと言われますが、成り立つどころかいま100年に一度の好景気なんですよ。

うちだけじゃなくて、うちと同じようにやってるところは非常に注目されて好景気なところが多いです。その共通点は"発酵経営"だと考えています。

発酵経営を実践される経営者の方達は「とにかく馬鹿になることだね」「どれだけ変な人になるかっていうことね」とおっしゃいます。本当にその方たちを見ているとみんな変です(笑)。みなさん、人と比較せず、人の期待に応えず、自分の期待に応えている。自分の信じた自分らしい生き方を貫いていらっしゃいます。

インタビューの様子写真

桐谷

発酵経営とは、具体的にどんなものですか?

寺田

既成の概念、常識や掟に囚われないで、玄米酒「むすひ」のような"日本一まずい酒"というものを作ってみたり、マイグルトを造ってみたり--これはどこの酒蔵でも造れるはずなのにどこもやろうとしないんです。酒蔵はこういうのはやらないものだという考えも一部にはあるようですが--とにかくまず好きなことをやるということですね。

腐らないためには変わることだとお話ししましたが、既成概念から外れる酒蔵の行為というのはまさにそれで、不安で怖くてなかなかできない。そこは、勇気を出していなかいといけない。勇気の元は何かと言うと、私は慈しみと愛だと思っています。

自然の摂理って一体何なんだろうと見つめた時、その正体というのも、慈しみと愛だと思っています。ここをベースにしたものが、発酵経営なんですよ。

いまどこを見渡しても、経営は大変な時代ですよ。「売上が半分になりました」「こんなのがあと2~3年も続いたらつぶれてしまいます」そんな状況です。だからこそ、慈しみと愛をベースにした発酵経営をやっていかれたらいい。これをベースに商品化していかなきゃいけないし、働いてくれる人たちがどうしたら幸せになってくれるだろうか、世の中に幸せを送り出してくれるだろうかと考えることです。ただ給料やるから働けって言うことじゃなくてね。

桐谷

経営のロジカルな部分じゃないところにフォーカスを当てるということですね。今後寺田本家さんに倣うような造り酒屋さんが増えてきそうな感じがしますね。

寺田

そうなってくれるといいですね。うちには企業秘密もありませんし。

もっと言うと、どぶろくの作り方を広めたいと思ってるんですよ。まだ日本ではルール違反ですけれど。どぶろくを造る家にはアトピーは無くなっていくんじゃないかな。家でお酒を造っていると、粕をしゃぶったりしてどこかで菌を摂取しますから。
みなさんにすばらしい菌を食べていただいて、菌と響き合って生きていっていただけたらいいなと、それが造り酒屋としてひとつ"お役に立つ"っていうことじゃないかと思っています。

米を作っていれば生きていけるという実感がありますが、それと同じように、いつも菌と身近にあり、仲良く生きていれば何だかみんなうまくいくというふうに感じる時がくるといいですね。

桐谷

そうですね。今年の蔵まつりには、ぜひ伺わせていただきます。

今日はお忙しい中ありがとうございました。

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