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起業家の幸せスタイルは1つではない

カテゴリ:  コメント 0 件  トラックバック 0 件  2018年11月12日

起業家の幸せスタイルは1つではない
日本では0→1を作る人をもっと称賛してもよいと私たちは、考えている
2005年日本でIPOが盛んだった時代、出資を受ける場合の目的はIPOを目指すことだった
だが、日本に350万社企業が存在するが、上場企業の数は約3千700社、千社に1社である
創業者が、IPOまで持っていくのは、かなり難易度が高い確率だ
ここで起きやすい問題は、サービスが良くても、創業者のキャラクターの違いで、スケールしないケースが出てくる
シリコンバレーでは、スタートアップ起業家が、自社のサービスをどのようにスケールすれば、自分の会社を買収してくれるかを、Google、Amazon、Facebook、Apple(GAFA)の担当者に聞きに行く風潮がある
そして、GAFAにバイアウトをすることを目指して、サービスをスケールしていく
だから連続起業家が生まれやすい風土がある
一方、GAFAと呼ばれる、一握りの企業が、富を独占するという弊害も出てきているが
日本の場合、直接投資という文化の広がりが遅れたがために、起業家のイグジットが作りづらい
日本では、「食べログ」「価格.com」などは、創業者と、IOPしたCEO、スケールアップした3人のCEOが役割分担したというケースが出始めている
先日、GREEを創業した田中氏のコメントで、生まれ変わってきたら二度と選びたくない職業が「起業家」とインタビューで語られていた
日本で学生たちの憧れの職業に起業家が選ばれないのは、0から1を作る人にたいするインセンティブ制度がない、リスクが大きそう、幸せそうな起業家がモデルが少ないからではなかろうか?
アメリカでは大学を卒業したら優秀な人から起業する
徐々に日本も、高校生起業家などが生まれ始めているが、日本にイノベーションを起こすには、高校から起業家コースを作ってもよいし、大学に起業家コースを新設して、卒業生向けのスタートアップファンドを作ってもよい

シリコンバレーでは、創業期、成長期、安定期で、CEOがチェンジしていく風土がある、
0から1を作れるCEOのキャラクターと、拡大させるために組織を巨大化させていくCEOのキャラクター、事業継承していき伝統を守っていくCEOのキャラクターは明らかに違う
しかし、経営者の流動性がまだまだ日本は低い
一部大企業では、プロ経営者と呼ばれる風潮が出始めている、サントリーのCEO新浪氏などは代表的である
私は、新会社、スタートアップスクェア(株)で、「日本で0→1を作る人をもっと称賛する仕組み」
「週末スタートアップ」等、いろいろな起業家の幸せスタイルを創造していきたい
起業家の幸せスタイルは1つではなく、沢山あってもいい
「幸せな起業家を育成する」これを私のJOBとしていきたい

「ティール組織」の書感

カテゴリ:  コメント 0 件  トラックバック 0 件  2018年9月30日

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今、話題の「ティール組織」を読んだ
組織の進化は、当然、社会の変化や進化に連動している
自身の作ってきた組織と照らしあわせてこの著書を読んでみた

 衝動的組織(レッド) トップは常に暴力を行使、組織を繋ぎとめるのは恐怖  
現代ではマフィア、部族の民兵

 順応型組織(オレンジ)ピラミッド型階層構造、トップダウンによる指揮命令
            現代では国家 官僚型

 達成型組織(黄色)  目的は競争に勝つこと、利益を獲得して成長目指す
            現代では多国籍企業

 多元型(緑)     ピラミッド型階層構造の中で、文化と権限委譲を高め社員のモチベーションを高める、モデルではサウスウェスト航空

 進化型(青緑)    自主経営(セルフマネージメント)チーム、
            外発的動機ではなく内発的動機で動く、内在的な価値や前提に照らし正しいと感じることを実施する   
            モデルとしてFAVI(部品製造)、ピュートゾルフ(医療看護)
            モーニングスター(食品加工)

 1990年、私が仲間5人で26歳の時に初めて起業した時代
日本は、不動産バブル崩壊したものの終身雇用制という世界でも類をみない家族型経営の仕組みが残っていた
大手企業は、社員の家族も参加型の社内運動会を開催し、会社が社員の家のローンまで面倒をみていた
その背景には、戦後の焼け野原から、「JAPAN IS NO1」と言われるまでに成功し、世界が注目する日本の家族型経営があった
先日も、映画にもなった「海賊と呼ばれた男」(出光興産の原型であった国岡商店の物語)がテレビでも放映されていたが、まさに「生きるために働く」
「国の復興」という「組織の存在目的」も明確であった
そのために強烈なリーダーや大家族型組織が求められていた
社員全員反対しても、国交正常化していないイランに原油を求めて経営者の一言で冒険の旅に出てしまう
正に、ボス型マネージメントである

 1990年代は、順応型から達成型そんな組織トレンドだった
私も達成者には、昇進、報奨金というインセンティブを与え、ボス型の達成型組織を作っていた
その後、時代は、アメリカ型の能力主義型経営を日本の大手企業が取り入れ始める
山一証券、北海道拓殖銀行の倒産という日本を代表とする大手企業が崩壊し、ハゲタカと呼ばれる外資系ファンドが日本企業を買収していくという背景が、能力主義型経営を推し進め、中途採用市場が拡大し、人材の流動化が活性化していく
大家族型経営からの移行である
しかし、極端な能力主義型経営は、日本では成功せずに、2000年代に入ると富士通等が
能力主義型経営の失敗を認めるコメントを出し始める
「農耕文化」「結の精神を持つ村社会文化」をかつて有していた日本社会には、個を突出させるやり方が、DNA的に合わなかったと私は推測している
そこから、多元型組織、「ボトムアップ」という言葉が、多くの組織、研修カリキュラムに見られるようになる
著書にもあるが、多元型は、人々の感情に敏感であり、公平、平等、調和、コミュニティー、協力、コンセンサスを求める
人間関係を重視する
多元型組織は、ボトムアップのプロセスを模索する、さまざまな対立する見解をなるべく多く集めて、最終的にメンバーの総意に基づく合意を目指す
多元型組織の特徴は
① 権限の委譲 
例えば、サウスウェスト航空では、自らの創意工夫で乗客の抱えている問題に向き合う権限を与えられている、スタッフがルールブックを超えた活動を認められている航空会社はない
② 価値観を重視する文化と心を揺すぶるような存在目的 
サウスウエスト航空は、単に運送業に携わっているのではなく、乗客は、サウスウェスト航空の低料金でなければ行けなかったはずの場所に行けるようになる
つまり「自由」のお手伝いをしている
③  多数のステークスホルダーの視点を生かす
企業は投資家だけでなく、経営者、社員、顧客、サプライヤー、地域社会、社会全体、そして環境にも責任を負う

 私の3度目の起業が2001年
起業時は、達成型だった
自ら企業目標を設定して、4半期ごとのキックオフで、それを、メンバー全員にプレゼンテーションして、ボスとして牽引していくスタイル
ところが、3年後の2004年くらいに、このやり方に限界がではじめる
インターネット業界という、1人が100人分の成果を出す可能性のあるこの業界において、時代遅れの組織であったこと、優秀な社員ほどトップが考えた目標の押し付けに嫌悪を感じ始めた
そこで、2004年の秋に幹部6名と熱海で合宿を繰り返し、ボトムアップ型の多元型組織に移行することを決める
更に当時、成功していたGoogleの20%ルールを会社に導入する
(全員が業務時間の20%を、新しいwebサービスを作る、自身のスキルを上げるための時間を作る)
だが、結果は成果を出すことができなかった
理由として組織の成熟度に比べて掲げたハードルが高すぎた
2年半実施後に、全員という「旗」を降ろす
中間点の、やりたい人がプロジェクト提案するという方法に変更する

 そして今のdigiperは、個人に会社をフィッティングさせている
「留学したいので会社辞めます」「出産を機に会社辞めます」「個展活動がやりたいので会社辞めます」「他の仕事も経験したいので会社を辞めます」
そんな理由sで辞めるメンバーの救済である
もともとパートナーとしての繋がりの中で事業を推進したいという欲求が私にはあった
起業時には、「時間と空間を超える働き方」を掲げていた
そこで、2014年に、役員、パートナー、社員、サポーターという、4階層からなる組織に変容させた

 インクルージョン型で、多様性を認め、包括、包含的なものである
そうすることにより、「留学先から一日2時間だけ仕事する」「出産を機に会社辞めても、子供が幼稚園に入れば、在宅で1日4時間仕事をする」「web以外の仕事をやりながら、digiperの仕事もやる」という仕組みが出来上がった
事業の合理性においても、3年選手が辞め貢献度0になるより、少しでも仕事をやってくれた方がプロフィットを生み出す
時代背景的に、企業が社員を囲い込む時代は終わったと、私は感じている
囲い込もうとすればするほど、仕事のできる人から企業を逃げ出す
常に時代背景が、組織論に変容を与える

 TEAL組織の共通の文化特性は、「自主経営」「全体性(ホールネス)」「存在目的」

「自主経営(セルフマネージメント)チーム」
外発的動機ではなく内発的動機で動く、内在的な価値や前提に照らし正しいと感じることを実施する 
全ての情報はあらゆる人に開放されている
役職名がない
「全体性(ホールネス)」
誰もが本質的には、等しく価値ある存在である
感情的にも、精神的にも安全な環境を作り出している(心理的安心・安全な「場)つくり)
役割、教育、生まれ育った背景、興味、スキル、性格、モノの見方の違いを尊重し、自分のやり方で組織に貢献する
「存在目的」
組織は自らの存在目的を持った生命体として見られている
競争という概念は組織行動には無関係、組織の存在目的に耳を傾ける慣行がある
(誰もがセンサーで瞑想、誘導ビジュアライゼーションなどを取り入れる)

 モデルとして出て来たFAVI(部品製造)、ピュートゾルフ(医療看護)、モーニングスター(食品加工)は、それぞれ、独自スタイルを模索して、今の組織が出来上がっている
ここでのポイントは、経営者の「成熟した自我」「心理学で言われるシャドーの統合」が必要とされると書かれている
ここが大きなポイントであると私は、TEAL組織に関しては認識している

 マズローやケンウィルバーが著書に度々登場する
マズローは晩年、5大欲求の頂点「自己実現」の上に「自己超越」や「共同体の発展欲求」があると説いている
ケンウィルバーの「無境界」にあるインテグラル理論、やはり「超意識」という言葉が出てくる
私は、大学時代に心理学を専攻していたので課題図書として「無境界」を読んだが、当時、さっぱり理解できなかった。偶然、半年前にこの著書を読んだのだが、今は理論だけは理解できる。でも、これは心の境地がどこまで進化するかという問題である
それぞれのテーマは、「超越した意識」である

 組織論に、「ここまで人の意識の進化論を持ってきたか」と著作を読み終え感じた
そして、この本が売れているところが面白い
最近、日本でも、高校生起業家が出てきたり、若い起業家ほど社会問題を解決したいという欲求の強さを感じる
私たち世代の起業家から見れば、随分と精神的進化しています
「ティール組織」は、今年読んだ著書の中では、間違いなく、一番興味深かった

感性論哲学

カテゴリ:  コメント 0 件  トラックバック 0 件  2018年5月25日

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感性論哲学の芳村思風先生の講話を聴いてきました
10年以上前、芳村思風先生の著書を読んでも何のことか全く理解できなかったのですが
今回は、心の琴線に触れました

人間が人間の「格」を持つ為に三つの条件がある
・謙虚さを持つ(人間は不完全である)
・成長意欲を持つ
・愛を持つ(思いやる、心づかい)
「思いやり」とは「思い」を行動することである
特に「愛」という言葉は、広く深くなかなか言語化できない
努力によってしか「愛」は示せないという言葉はすごく腑に落ちた
人格を磨くには、深さ、高さ、大きさを求める
そうすれば、人間は人物になる
そのために、肉体が痛み、苦しみを味合わないと本物にはなれない
娑婆世界こそ最高の道場である
座禅、瞑想は意識の世界、それだけでは、人格は上がらない

会社が理性のつながりならば、役職、仕事でつなぐことができた
過去の会社経営は理性でつなげていた
現代は、理性キラーの時代に入り、「理屈ではなく心がほしい」という人類根源の欲求が求められるようになった

縦型社会から横型社会
男尊女卑から男女平等
支配の経営から愛の経営(思いやりと心づかい)

「心のつながり」「仕事のつながり」「役職のつながり」
企業は3重構造になる

企業に人間的なぬくもりを、いかに持たせることができるかが、今後の企業の在り方である
社員の人間関係に心のつながり、心の通い合い、心の結びつきがあればいかなる理屈の対立も乗り越えることができる
理屈より心のつながりの方が強い

職場(家族)で7つの心が求められている
・認めてもらいたい
・わかってもらいたい
・ほめてもらいたい
・好きになってもらいたい
・信じてもらいたい
・許してもらいたい
・待ってもらいたい

問題は問題ではない、会社を進化させるためにある
問題は教えてくれている、ただ解決すればよい
気を病むから問題、「病気」になる

働く目的は人間が成長すること
職業とは人が幸せになり自分も幸せになる活動
金を目的に働くと悪がしこくなる、人間性が醜くなる
人に喜んでもらう仕事の仕方をする事が最初
人を幸せにしないと自分が幸せになる力が身につかない

人格主義経済
仕事をしないと人格が身につかない
肉体を動かさないと実力が身につかない
欧米人は「人格」を「personal」(個性)と認識し、人格的成長という概念がない
キリスト教文化では、人間は神によって与えられているので、既に完璧であり人間性を成長させようという考えがない
労働観が東洋と西洋では違う
東洋では、仕事は人格を磨くこと、西洋は金を稼ぐこと

「自由と平等」が近代社会の理念
それは、中世の身分制度からの開放から生まれている
「人類は平和実現」がこれからの理念

西洋文明は勝ち負けの対立をエネルギーとした「在り方」
民族戦勝や宗教戦争

考え方の違いが生まれる5要素
① 体験が違う(自分の肉体から学ぶ)
② 経験が違う(体験が学んだ意識的事実)
③ 知識情報の違い
④ 物事の解釈の違い
⑤ 人生の出会いの違い

対立した場合の対応方法は5つだった
① 説得
② 妥協
③ 媚
④ 逃げる
⑤ 戦争・喧嘩

感性論哲学では、対立は、自分が学び取らなければならない相手が現れたことを表す
統一(すべてを一つにする、個性を認めない)する時代から統合(相異なるモノを有機的に結びつける)の時代へ

人間の幅、豊かさとは、違った価値観を認める
愛は矛盾を生きる力
できることならみんなと仲良くしたという欲求を持っている
なぜなら、人間は母なる宇宙からつくられたから
人類は「千古の教場を去るべき時」を迎えている
小我から大我へ
「自分の仕事の意味や価値は何なのか?」を問うと、命が燃える欲求が出てくる
燃えるには感じなければならない
意味や価値を強く感じる
最高に意味を感じたら人は死ぬことができる

「命は感性で生きている」
感性が働かなくなると細胞がバラバラになる

現代は契約社会で権利をぶつけあっている
自己主張の強い者が勝つことが民主社会の実態
民主社会は攻め合う
労使の攻め合い
弁護士と検察
夫と妻
与党と野党
不完全な人間が攻め合う社会が民主社会
民主社会は個を破壊する
不完全を許し合う愛の社会が「護敬社会」

民族の誇りを欧米列強の植民地化政策により捨てさせられた
アジアは自国の伝統文化を取り戻す必要がある
中国は共産主義を捨て、本来持っていた、老荘思想、儒教に戻るとき、本当の意味の先進国になる

所感として、世界の中心は、アメリカから日本、そして中国、インドへと移り
インドに移った時に世界政府ができあがると思風先生が講話されたが、まさに、シルクロードのお礼参りのようだ
この辺りをもう少し、次回、お会いする機会がればお聞きしたいとおもう

量子飛躍

カテゴリ:  コメント 0 件  トラックバック 0 件  2018年5月18日

熱量がある一定まで上がった時、原子の周りを軌道していた電子核が外側に飛び出して飛躍する
量子飛躍である
最近の経営学では、「フロー経営」「クォンタムリープ」と呼ばれる
これを、私は過去にスポーツでも体験している
スキープレーヤーだった時代、トレーニングを重ねて、何年も反復練習を重ねると、円運動の後半に突然スキーの板が前に走り出す 
通常、スキーヤーで熟練度が低いとスキーの板が円運動の後半に減速する
スキーの板の特性と体が起こす運動エネルギーが合致した時に、初めて起こる現象である
売り上げが100億を超すような経験をした経営者が、「ビジネスを高い熱量で継続していると、ある時、突然、比例型右肩上がりの売り上げが跳ね上がる瞬間が来る」という話を聞いたことがある
「フロー」が起きたのである
一流といわれる人は、この「場」のエネルギーが、「フロー」沸点に達するまで、トレーニング、実践を続けられる人なのである
液体が100度を超えると気体になるように、エネルギー量が沸点に達すると別の次元に進化することが、原理原則であるということが、経営及び日常生活においてもあてはまる

では、なぜ、沸点に達するまで、エネルギー量を上げられるのか、継続できるのか?
そこには、高い「志し」があるからである
自分が何者で、何のために生まれてきたのかという、生きているためのコアとなる意識があるからである
そのコアとなる意識ができると、それが身体の軸となり、足のつま先から頭頂骨まで太いエネルギーが通るスペースが生まれる
これは、本来誰もが、生まれながらにして持っているものである
しかし、多くの人が、この世に生を受けてから、親のダメだし、社会的な抑圧から、傷を受けている、俗にトラウマというものである
そのため、自分が何者であるのか、何の為に生きているのかを、無意識のうちにオブラートをかけてしまっている、そのため、あきらめ感から、「高い志し」を持てない癖付けが出来上がってしまった


「やり方」から「在り方」へ

カテゴリ:  コメント 0 件  トラックバック 0 件  2018年5月15日

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ヴィクトール・フランクの「夜と霧」を読んだ
ナチスの強制収容所経験に基づいた実話である
無力感に溢れ、生きる意味を見失う環境においても人には、生きる3つの価値があると書かれている

最近、世の中は「やり方」に溢れている
社内でディスカッションしていても、ほぼ「やり方」について話す
本屋に行っても、「やり方」の本だらけである
そういう自分も、新しいビジネスモデルを探すことに多くの時間を費やしていることに気づく

でも、今、世の中に足りないのは「在り方」でなかろうか
1937年に発行された、吉野源三郎の著書「君たちはどう生きるのか?」が、40万部を突破したのも、「やりかた」ではなく「在り方」を、模索している傾向ではないかと感じる
ヴィクトール・フランクの言葉
「自分が人生に何を求めるかではなく、今生、自分は、人生に何を求められているのか」
ここを深めることが、人間力に繋がる気がする

生きる3つの価値とは
① 創造的価値
どんな仕事にも創造的な価値がある、そこに価値を見出せる人、見出せない人がいるだけである

② 体験的価値
自分が体験から得たものは固有の無形財産であり、誰も奪うことはできない

③ 態度的価値
人はどんな時でも自分で態度を選択する自由がある
例え、死ぬ間際だとしても人生の価値を変えることができる

この著書を読んで「在り方」の追求が、人間力の向上であると信じてやまない

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桐谷晃司

1964年生まれ。スタートアップスクエア(株)、デジパ(株)代表取締役社長。世界30ヶ国を放浪した、自称スピリチュアルビジネスマン。

現在は南房総の千倉町で半農半Xな暮らしを目指しながら、循環型のエコビレッジ「あわ地球村」を創設中。

  • スタートアップスクエア
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