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2011年3月の記事一覧

被災地の宮城県石巻市より戻ってきました

カテゴリ:エネルギー  コメント 0 件  トラックバック 0 件  2011年3月23日

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被災地の宮城県石巻市より戻ってきました

本当に、地獄の爪痕のような光景でした

仙台空港の北、若林区では町が流されてしまったような光景があり、石巻市でも港の船が道路まで押し流され電信柱を押しつぶしていたり、田んぼの真ん中まで車が押し流されていたり、本当に信じられないよな光景が続きます
神戸震災の時も被災地も経験しているのですが、今回は桁が違います

石巻市で拠点を構える「め組ジャパン」の要請を人づてに聞き、食料と日用品を南房総で集め救援物資を運びました
活動拠点になっている、石巻専修大学には、NPO団体、ピースボート等のスタッフが懸命に救援活動していました
モンベルの創業者である辰野会長も来ておられ、「アウトドア義援隊」を結成されていました
全国各地から支援物資と応援隊がやってきており、現地の人々といっしょに懸命に支援活動している姿には本当に勇気づけられます

緊急車両通行許可証は、館山警察で申請を行いましたがその場でおりました
あわ地球村がNPO法人なのでその場で発行されましたがNPO法人、行政機関でなくても緊急車両通行許可証は発行されるようです
目的が明確であれば、その他でも発行するとのコメントでした(この辺はおそらく基準がないような雰囲気です。地元警察に問い合わせてください。)
東北自動車道は3月22日現在、宇都宮からの北上は、緊急車両通行許可証がなければ通れません
東北自動車道の宇都宮以北、ところどころ道に亀裂は入っていますが問題なく普通の車で走行が可能です
亀裂の入っている箇所には事前に注意サインが出ています
このあたり、日本人の繊細さを感じます
私たちは、帰路のガソリンも積んでいきましたが、インターチェンジでの給油も可能です(現地のガソリンスタンドでは、2キロ、3キロの行列があたりまえに出来ています。現地で、ガソリンを手に入れることは困難です。)
当然、道はガラガラです

神戸の震災時と違い、道路に規制がかけられているので宮城県石巻市だけを見ても圧倒的に人が足りないし、応援できることがたくさんあると感じました
応援物資に関しては、日に日に足りないものが変わっていくので現地避難所との確認が必要です
例えば米など調理の必要なものは、もう少し先の感じがします
ライフラインが整っていないので、すぐに食べられるものの方が現時点では喜ばれます
私の回った全ての避難所でリクエストされたものが、すぐに食べられる食料と下着(男女問わず)でした

余裕のある方は、ぜひ応援に行ってあげてください
放射能の問題もあるので、もちろんすべて自己責任でお願いします

被災地を見て復興への道の険しさを改めて感じさせられましたが、今の混乱はいつの日か収まります
そして、混乱が収まった時に、自分がどこに立っていて、どんな日本のビジョンを持っているかが大事だと思います
震災前の日本に戻したいと私は思いません
少々不便で物が足りなくても、安心してこの国で生きていきたいです
エネルギー政策、食料政策、街づくり、地域の仕組み、もう一度新しい計画を作り出し、経済的豊かさだけではなく、心豊かで、安心して生きていける国つくりのために活動していきたいと思います
日本は逆境に強い国なので、再生し、新しく蘇ることを私は確信しています

宮城県の石巻から帰ってきましたが、思ったより人々が元気だったので安心しま
した

被災していない地域の人は、笑顔と元気だけは出しましょう
今は、それが一番大事だと思います

元気に通常営業しています

カテゴリ:デジパ  コメント 0 件  トラックバック 0 件  2011年3月14日

地震後の週明けを迎えましたが、デジパは何の障害もなく通常営業を行っています
出社に関しては、ほとんどのメンバーがスーパーフレックス制度のため10時の段階で会社に出社している人は少ないのですが、各自が自分の持ち場で問題なく業務をこなしています

私が、南房総に住んでいる関係で多くの人より安否をお気遣いいただきましたが南房総地域の海は穏やかで地域に混乱はありません
地震当日の停電以外は異常がなく穏やかな時間が流れていると連絡を受けています
もっとも地震時、私は東京の東中野で打ち合わせを終えたところで電車に乗る一歩手前で強い揺れを感じました
神戸での震災を経験していたので、ほとんど迷わずに歩いて戻ることを選択しました
約15キロの道のりを5時間かけて歩きました
社内イベント化していた「歩け歩け100キロ」に度々参加していたので、歩くことに関しては抵抗感がなかったのですが、渋谷、六本木の街の中心は人が溢れかえっており歩くことも困難な状況でした
帰宅ラッシュの18時くらいには、多くの人が列を作り歩いていましたが細い歩道も混乱せず、道を譲り合いながら整列して歩く人々に日本人の優しさと逞しさを感じました

翌朝、会社のある港区芝周辺のお店からはあらゆる食料が消えていました
コンビニエンスストア、スーパーマーケット、24時間営業の飲食店等
帰宅できず会社で一夜を過ごしたメンバーのために炊き出しを実施したのですが、食料自給率の最も低い東京の脆弱さをまざまざと実感しました
東京直撃の災害に備えて、会社に災害用物資を整えなおさねばと考えています

海外からは、災害時にも感情を露にせず我慢し落ち着いて行動する日本人の持つ精神性の高さに賞賛の声がよせられています

New York Timesにコラムを載せている、ニコラス・クリストフ氏が、「日本人のがまん強さ」について書いています
「日本人というのは常に、忍耐強く、冷静で、秩序を守る国民です。
私は日本人の"gaman"の精神に畏敬の念を抱いています。
1995年の阪神淡路大震災の取材で、『供給物資の略奪行為』のような悲惨な事件を探していましたが、なかなか見つかりませんでした。
とうとう、2人組の男に商品を盗まれたという店主の話を聞くことができて、私は喜んで『同じ日本人が災害を利用して悪事を働くのはショックでしたか?』と聞くと、
店主は驚いて、『誰が日本人が盗んだって言ったんだ。盗んだのは外国人だよ』と言われてしまいました。
「私たちは心から、今回の日本での悲劇的な地震に同情しています。
しかしまた、日本人のがまん強さの中に見られる威厳と勇気に心からの賞賛を送っています」

各国からこのような賞賛のコメントが寄せられています

また、災害を免れた私の周りでも災害地に対してどんな支援ができるかの議論が週末から始まっています
各地で同じような議論がおこなわれていると思いますが、神戸の震災時もそうだったように非常時における日本人の団結力を強く感じます
これから自分ができる支援を実行していきます

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桐谷晃司

1964年生まれ。ココロザス(株)、デジパ(株)代表取締役社長。世界30ヶ国を放浪した、自称スピリチュアルビジネスマン。

現在は南房総の千倉町で半農半Xな暮らしを目指しながら、循環型のエコビレッジ「あわ地球村」を創設中。

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