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        <title>特別インタビュー</title>
        <link>http://digiper.com/interview/</link>
        <description>特別インタビューでは、日本を元気にしているキーパーソンに対して独自の視点でインタビューを行い、最新動向や時代のトレンド等、役立つ貴重な情報をお届けしています。</description>
        <language>ja</language>
        <copyright>Copyright 2011</copyright>
        <lastBuildDate>Wed, 07 Sep 2011 01:11:54 +0900</lastBuildDate>
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        <item>
            <title>greenz.jp編集長 兼松佳宏氏</title>
            <description><![CDATA[<strong>兼松佳宏氏 プロフィール</strong>
1979年秋田生まれの勉強家 兼 コンテンツディレクター。趣味は勉強すること、対話すること、実践すること。ひっくるめて「これからの◯◯」を創造すること。

greenz.jp編集長。CSRコンサルティング会社でアートディレクターとして勤務後、2006年フリーランスとして独立し、ウェブマガジン「<a href="http://greenz.jp/" title="「greenz.jp」 ウェブサイト">greenz.jp</a>」の立ち上げに関わる。2008年、株式会社ビオピオを仲間たちと設立、取締役就任。2010年、greenz.jp編集長に就任。現在は、NPO法人グリーンズの立ち上げ準備中。

聞き手 / デジパ：桐谷、小林

<dl>
<dt>桐谷：</dt>
<dd><p>私はいま46歳なのですが、私たちが20代の頃に「エコロジー」「環境問題」「反原発」などのムーブメントが出始めてきました。ただそれが、重たいんですよね（笑）、ちょっと苦しそうにやってるように映るというか。ところが、グリーンズさんは同じ問題に対して楽しそうにオシャレにやっているように映ります。
</p></dd>
<dt>兼松：</dt>
<dd><p>うれしいです。</p></dd>
<dt>小林：</dt>
<dd><p>それは意識的にやられてるんだろうなと感じています。問題解決というと「そうならねばならない」というのがあって、その情報を発信していくのかと思いきやグリーンズさんにはまったく囚われたものがなく「こういうのもアリだよね」という感じで情報発信をされていますよね。それは楽しくてかっこいいことだと思います。継続できそうですし、近づいていきたくなりますよね。</p></dd>
<dt>兼松：</dt>
<dd><p>ありがとうございます。いちいちニヤニヤしてしまいます。（笑）</p></dd>
</dl>

<img src="/img/interview/35/img_01.jpg" alt="インタビューの様子写真" />

<dl>
<dt>桐谷：</dt>
<dd><p>グリーンズはメディアの域を超えてるなと思っているんですが、みなさんご自身はメディアと思ってやってらっしゃるのですか？</p></dd>
<dt>兼松：</dt>
<dd><p>greenz.jpって何ですか？と聞かれたときは、「ウェブマガジンです。」とまずは答えています。実際に情報発信が僕たちの柱ですし、その方が分かりやすいので。</p>
<p>僕たちのゴールは「クリエイティブで持続可能でワクワクする未来をつくるムーヴメントを起こすこと」なんです。世界にはたくさんの課題がありますが、ひとりで向きあうのはなかなか大変。そこで共感してくれる仲間を見つけて、どんどん勝手に広がっていくようなムーブメントが社会変革のカギだと信じています。</p>
<p>ムーヴメントを起こすには、価値観の近い多くの人とつながる必要がある。その役割を果たすのがウェブマガジンで、読者同士がつながってコミュニティが出来上がっていく感じですね。その広がりも含めてメディアなんです。</p>
<p>僕たちが開催するイベントの申込みフォームで、「greenz.jpってどういうイメージ？」といつも聞いているのですが、「軽い」「オシャレ」といった回答の中に「自由だけど着実」というのがあって、とても嬉しかったんです。</p>
<p>ウェブマガジンではわかりやすさが大事なので、グリーンズのメンバー内で普段議論しているような深い内容はあまり表面には出していません。でも毎日グッドアイデアを紹介する背景にはすごく大事なメッセージを込めているつもりです。</p></dd>
<dt>小林：</dt>
<dd><p>本気さが伝わってるんですね。</p></dd>
<dt>兼松：</dt>
<dd><p>だといいなと思います。</p>
<p>僕らは、いろんな"本気"の人のメッセージを翻訳をしたいと思っています。素晴らしいことを言ってるのに専門用語の連続で分かりづらいとか、熱い気持ちがあるのにうまく言語化できていないとか、そんなときにもったいないなあと思います。コミュニケーションするには、それをかみくだいて伝わりやすくするヘルプがやっぱり必要なんですよね。</p></dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd><p>現在元編集長はgreenz.jpには関わってらっしゃるんですか？</p></dd>
<dt>兼松：</dt>
<dd><p>発行人という立場で土台をつくる部分に関わっています。いまgreenz.jpはライフステージがそれぞれ違うメンバーで構成しているのですが、各々のライフステージでgreenz.jp的なものが広がっていけばいいなと思っています。</p>
<p>例えば菜央くんは、今DIY生活とかエネルギー自給とかに取り組んでいるのですが、子どもが2人いるので放射能のことが僕よりもリアルなんですね。やっぱり、リアルに自分ごとだと感じられる人が発信することが、メディアの"温度"をつくっていくと思います。</p></dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd><p>グリーンズさんを見ていると、普通の会社じゃない空気がぷんぷんするというか（笑）、どういうマネジメントをされてるのか、とても興味を持ったのですが。</p></dd>
<dt>兼松：</dt>
<dd><p>少し前に会社の媒体資料を作り直したんですが、そこに「勝手に副編集長って書いたから！」って、彼に（隣に座って作業をする副編集長の小野裕之さんを指さして）。</p></dd>
<dt>一同：</dt>
<dd><p>笑</p></dd>
<dt>兼松：</dt>
<dd><p>という感じで、副編集長は本人に確認せずに任命しました。もちろん、何となく「興味あるだろうなあ」と感づいていた上でのムチャぶりですが、こういうことはよくあります（笑）。関わるメンバーがそれぞれの立場でgreenz.jpを自分のメディアだと思ってもらえたら嬉しいですね。</p></dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd><p>そういうメンバーは、どうやって集まってくるのか、興味あります。</p></dd>
<dt>兼松：</dt>
<dd><p>立ち上げから5年も経ち、さまざまな方々に支えていただきました。みんなそれぞれの人生で大切にしたいことがあるし、おりおり卒業していく。人が入っては抜け、入っては抜け、その新陳代謝がgreenz.jpを次の場所へ連れてってくれているなあとしみじみ思います。誰一人欠けても今のgreenz.jpはない。</p>
<p>大事なのはライフステージの違う人達が多様にいることかなと。子育て真っ盛りだったり、結婚間近だったり、まわりが就職活動中だったり。いろんな人生があって、それぞれの大切なことがサイトに反映されていくんです。</p>
<p>まあ、ぶっちゃけ、いるメンバーでやるしかないんです（笑）。誰かが抜けてまた新しいメンバーを迎えたときにはこういうことができるかもしれない、その都度できることを考えていく、そんな感じです。ほんと生き物みたいなんですよね。</p>
<p>集まってくるメンバーはみんな新しい時代の到来を予感していて、現状になんとなく違和感をもっていて、もっとこうすればいいのにって積極的に声を上げる人たちです。それはデザインやソーシャルメディアに限らず、すべての分野においてです。</p>
<p>僕自身も成長の5年間なんですよ。自分しか記事を書けないと思っていたこともあったんですが、そんなこと無いんですよね、実際。勇気を出して、仲間のポテンシャルを信じて委ねてみる。今は僕が編集長をやっていますから、greenz.jpに関わることに魅力を持ってもらう状況をつくることに責任は持ちますが、ネタを集めたり記事を書いたり、というのは本当はまかせられるんですよね。</p>
<p>グリーンズというコミュニティをつくる上で大事にしていることは人と人が関わる温度です。グリーンズのビジョンをチューニングするには人と人のつながりが何より大事になってきていると思います。</p></dd>
</dl>]]></description>
            <link>http://digiper.com/interview/article/35.shtml</link>
            <guid>http://digiper.com/interview/article/35.shtml</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">西山由利子</category>
            
            <pubDate>Wed, 07 Sep 2011 01:11:54 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>寺田本家 23代目当主 寺田啓佐氏</title>
            <description><![CDATA[<strong>寺田 啓佐氏 プロフィール</strong>
1948年、千葉県生まれ。<a href="http://www.teradahonke.co.jp/" title="自然酒蔵元『寺田本家』 ウェブサイト">自然酒蔵元『寺田本家』</a>23代目当主。

1974年、300年続く老舗の造り酒屋『寺田本家』に婿入りする。1985年、経営の破綻と病気を機に、自然酒造りに転向。自然に学び、原点に帰った酒造りによる「五人娘」を製造販売する。その後、発芽玄米酒「むすひ」や、どぶろくの元祖「醍醐のしずく」など、健康に配慮したユニークな酒を次々と商品化し、話題を呼んでいる。酒造業のかたわら、教育や食、環境といった生命にかかわる問題をテーマに地域貢献に努め、地元の教育委員長や学校給食運営の会長などを歴任する。

著書には「発酵道--酒蔵の微生物が教えてくれた人間の生き方」（2007年）、「斎藤一人成功する人くさる人」（2008年）などがある。

聞き手 / デジパ：桐谷

<dl>
<dt>桐谷：</dt>
<dd><p>寺田本家さんは&quot;百薬の長&quot;たる日本酒造りを目指していらっしゃいますが、お酒は百薬の長というのは本当なんでしょうか？</p></dd>
<dt>寺田：</dt>
<dd><p>人によって適量とされる量は違いますが、適量飲酒を続けた人の生活習慣病や動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中などの発生率が半減しているという報告があります。それから、秋田大学医学博士の滝沢行雄さんの実験によると、ヒトの癌細胞にお酒をたらすと癌細胞が消えちゃうんだそうです。</p>
<p>他にも、骨粗しょう症や精神的な病の欝やひきこもりだとかパニック障害の改善例もたくさん出ています。美容効果もいいしですし。お酒はまさに百薬の長ですよ。</p>
<p>百薬といっても市販の薬とは大きく異なります。お酒の中にいる微生物がつくりだした分泌物・代謝物が人間の免疫力を上げて、神経やホルモンのバランスをとってくれている。我々は菌に支えられて生かされているということです。</p>
<p>ですから日本人はもっと菌食を増やすことに着目したほうがいいと思っています。これだけ医療費が右肩上がりになって、日本の財政は医療費によって相当食われてるわけですから。</p>
<p>寺田本家では、お酒を飲めない人のために「マイ（米）グルト」という、どぶろくのアルコールが入っていないものも造っています。これなら赤ちゃんからお年寄りまで菌を摂っていただけますからね。</p>
</dd>
</dl>

<img class="imgL" src="/img/interview/34/img_01.jpg" alt="インタビューの様子写真" />

<dl>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>私は発芽玄米酒「むすひ」が大好きなんですが、効能としてはどのお酒が一番というのはあるんでしょうか？</p></dd>
<dt>寺田：</dt>
<dd><p>好きなものを飲んでいただくのが一番いいんじゃないかと思いますよ。それが一番ありがたいですね。</p>
<p>「五人娘」というお酒がありますが、その名の通り愛娘を送り出すような気持ちで造っているんです。喜ばれて飲んでもらいたいなと思っています。</p>
<p>「むすひ」について言えば、日本酒の鑑定官がお米を削れば削るほどいい酒ができるという指導をしていたことがあったのですが、私はそれを聞いて本当なのか？と疑問でした。というのも、私は35歳の頃に自分の腸が腐ってしまう病気になったのですが、玄米食で回復したということもありましたので。</p>
<p>玄米は土に入れると芽が出て実になっていく生命力があります。白米のように磨いてしまえば、それは無くなるんですよ。玄米は命をつないでいます。命の力っていうのは見えないから、栄養学などには出てこないですが、そこに目を向けなければ自分の腐った腸は回復しなかったかもしれないとさえ思うんです。</p>
<p>ですから、お米を磨かないで玄米でお酒を造ったらといいに違いないと考えて、15年程前から玄米酒造りに取り組み始め、5年間試行錯誤して完成したのが「むすひ」です。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd><p>米作りから変えられたんですよね？</p></dd>
<dt>寺田：</dt>
<dd><p>はい。その当時、まわりを見渡しても無農薬でお米を作っておられるところはなかったので、山形の新庄で無農薬米を作っておられる農家さんに訪ねて行ったり、うちでも田んぼを買ったりして無農薬米作りを始めました。</p></dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd><p>寺田本家さんのお酒は古くから日本にあったものを再生されているのでしょうか、それとも更に進化させていっているのでしょうか？</p>
</dd>
<dt>寺田：</dt>
<dd><p>玄米酒のヒントになったのは伊勢神宮にある古い文献だったのですが、確かに、だんだん本物を求めているうちに昔の日本酒にもどってきたという感じはありますね。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd><p>著書「発酵道」にもありましたが、寺田本家さんはもともと近代的な経営をされていたんですよね？</p></dd>
<dt>寺田：</dt>
<dd><p>そうです。ここへ婿入りしてから、初めのうちは生産性や効率を追いかけて普通の経営をしていたんです。</p>
<p>それが、ことごとくうまくいかない。それどころか赤字がどんどんかさんできて蔵の経営は傾きました。寺田本家は300年続く酒蔵なんですけれど、自分の代で終わりかなと思ったこともありました。そんな中、大きく方向転換したのが35歳の頃でした。</p></dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd><p>それは入院がきっかけだったとか。</p>
</dd>
</dl>

<img src="/img/interview/34/img_02.jpg" alt="インタビューの様子写真" />

<dl>
<dt>寺田：</dt>
<dd><p>はい。先ほどもお話ししましたが、自分の腸が腐ってしまったんです。</p>
<p>当初うちも&quot;三増酒&quot;という、合成乳酸、合成こはく酸、グルタミン酸ソーダ、アルコール、粉あめ、こういった添加物いっぱいのお酒をつくっていました。</p>
<p>ある日町のおじいさんに声をかけられたのです、「お役に立ってますか」と。その頃の自分は「あぁ、お役に立ってるよ」と思っていたんですよ。でも実際は、売上を上げよう、成功してやろうっていう我意識ばかりの頃でしたから、口先だけはいいお酒つくってお役に立ってますよと言っていても、現実はとんでもないお酒をつくっていたんですよね。</p>
<p>新しく経営に乗り出していた蕎麦屋や居酒屋も上手く行かず、蔵に40年勤めた番頭や越後杜氏も辞めていく。自分の体が腐り、蔵も腐り、家庭も腐り、あっちもこっちも腐ってきてしまったという時期でした。</p>
<p>それは、自然の摂理に逆らった生き方をしていたからだったんですよ。どうしたら勝ち組になっていけるか、成功できるか、利益や売上を伸ばしていけるか、そんなことに終始していたんですけれども、結局のところ自分が楽しくなかった、自分の命が喜ぶような生き方をしていなかったんですね。</p>
<p>では、自然に沿った生き方とは何だろうと考えました。そしてある時、小さな生き物である微生物みたいに生きたらいいんだということに気づいたんです。</p>
<p>微生物というのは、みんな自分が大好きで、自分に心地よい生き方しかしないんです。無理をしない、がんばらない。人間も自然の中の一匹の生き物ですが、よくそれをうっかり忘れてしまう。そして自然の摂理から離れてがんばってしまう。努力してしまう。でもこれが結局裏目に出て、時には逆に腐ってしまう。</p>
<p>私はお酒造りをしていて、発酵してると腐らないということを知りました。お味噌もお醤油もそうですが、自然に沿っていると自ずと発酵してきて、腐らない。どうして腐らないかというと、変化しているからなんですよね。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd><p>人間も自然に沿って発酵して生きる、ですか。</p></dd>
<dt>寺田：</dt>
<dd><p>そうです。微生物みたいに自分らしく、心地良く生きる、もうひとつは、仲良く生きること。</p>
<p>人間社会は競争社会、奪い合いの社会です。一方、微生物の世界では奪い合いというのはどこにもないんです。自分の役割や使命を心得、相手を尊重し、自分の出番になるとやってきて命を燃やして使命を果たします。そして次の微生物にバトンタッチしていく－－これが微生物の分かち合いの世界、共生の世界です。</p>
<p>人間の－－私もかつてそうだったように、自然に逆らった生き方を、微生物のように自分らしく心地良く仲良く生きる方向にシフトしていくということが、まさにこれからの循環型、調和、共生の世界を創りだしていくんじゃないかなと思っています。</p>
<p>発酵というのは、微生物である菌が有機物を分解して化学変化を起こし、新しい違ったものに変えていく触媒作用のことをいいます。要は物が変化するということです。</p>
<p>牛乳の中に乳酸菌が入るとヨーグルトになりますね。菌が入らなければ牛乳は腐ってしまいます。お酒でいえば、お米とかお水を発酵型の微生物－－麹菌、乳酸菌、酵母菌といった微生物が命がけで役割を果たしながらお酒というものに変えていく。微生物は腐らないものを造っているんですね。</p>
<p>菌や、菌がつくりだすものを排除することによって世の中は何かおかしくなってきちゃった－－牛乳を飲めば健康になるといってたのに、みんな骨がもろくなってきちゃった。子供たちもプッツンと切れたり、いじめやワケの分からない殺人事件が起きるような世の中になってきました。私はこれが、発酵から離れた腐敗の現象だと思ってるんですよ。</p>
<p>腐敗循環というんでしょうか、この地球上の生きとし生けるものの中でも腐敗を選択しているのは人間だけじゃないでしょうかね。人間の我意識、エゴ、それが腐敗をうみます。</p></dd>
</dl>]]></description>
            <link>http://digiper.com/interview/article/34.shtml</link>
            <guid>http://digiper.com/interview/article/34.shtml</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">西山由利子</category>
            
            <pubDate>Wed, 02 Feb 2011 10:34:06 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>なずなの会 赤峰 勝人氏</title>
            <description><![CDATA[<strong>赤峰 勝人氏 プロフィール</strong>
1943年、大分県に生まれる。宇宙の真理に根ざした「循環農法」で完全無農薬野菜を育てる百姓。1986年、「なずなの会（<a href="http://www.nazunanokai.com/" title="なずなの会オフィシャルサイト">オフィシャルサイト</a>）」を組織し、なずな新聞の発行、問答塾、百姓塾、各地での講演を行い、自然の食べ物を通じて循環の大切さを訴え続けている。

著書には「ニンジンから宇宙へ」「ニンジンから宇宙へII」「循環農法」「アトピーは自然からのメッセージ」「百姓赤峰勝人の野菜ごはん」「ニンジンの奇跡～畑で学んだ病気にならない生き方」などがある。

聞き手 / デジパ：桐谷

<dl>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>なぜ無農薬に取り組もうと思われたのかを、お聞かせいただけますか。</p>
<dt>赤峰：</dt><dd>
<p>百姓をしていて近代化学農法に行き詰っていた時、九州電力で長く土の分析をやってこられた米沢先生という方に出会いました。先生とのお付き合いの中で、「"完全栄養"にすれば農薬はいらない」というお話しを聞いて、その頃おぼろげながら農薬の怖さに気づいていましたので、それなら無農薬に取り組もうということで始めたのが昭和45年です。
</p><p>
それからしばらく、中途半端な無農薬農法をやって失敗を繰り返していたんですが、昭和50年に「複合汚染」（有吉佐和子 著）の主人公である奈良の柳瀬先生のことを知り、化学肥料も人体には毒なのだと知りました。そうして、化学肥料も使わないようにしていったのです。
</p><p>
そんな中、草だけの堆肥で作ったピーマンが見事にできちゃって。その時の畑の土を米沢先生に分析してもらったんですよ。そうするとその土が、先生が30年、3000点の土の分析を経てつかみ得たデータにおける理想の土の値とぴったり一致していました。このことで、超近代科学の分析からも化学肥料はいらないという結論が出ました。そうして化学肥料を一切使わない無農薬農法に本格的に向かい始めたんです。それからも、失敗をくりかえし、昭和56年に虫が害虫と思っていたが害虫ではないということに気がつきました。
</p><p>
無農薬に取り組んで12年の間に、まず草の大切さ、それから菌の大切さに気づき、そして最後に、虫は野菜が毒素を含んでいるその部分を食べている、虫は害虫ではないんだということをつきとめて、ようやく昭和57年に無農薬農法が完成されました。
</p>
</dd>
</dl>

<img src="/img/interview/33/img_01.jpg" alt="インタビューの様子写真" />

<dl>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p> 無農薬農法を完成されて平和な暮らしを送る予定だったのが、アトピーの人が来られたことによって、また新たな天命がやってきて、その次の転換が行われたということですが。</p>
</dd>
<dt>赤峰：</dt>
<dd>
<p>はい。まず、無農薬農法を完成した昭和57年に、柳瀬先生の講演が奈良の五條市であるから来ないかと誘いを受けたんです。その時講演に足を運ぶには経済的にも苦労しましたが、それでも何とか行かなければの思いで出向いたのです。
</p><p>
あとで思えば、その後やらなければならないことが全てそこには用意されていたんですよ。その一つが玄米食、一つは「千島学説」（<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E5%B3%B6%E5%AD%A6%E8%AA%AC" title="Wikipedia内、千島学説の解説ページ">Wikipedia ： 千島学説</a>）、そして最後に、柳瀬先生が主催しておられた「慈光会」（<a href="http://www.jiko-kai.org/" title="慈光会オフィシャルサイト">オフィシャルサイト</a>）です。慈光会の活動のひとつである安全な食糧を扱う販売所を見学させてもらったりして、こういう会をつくりたいなあと思いましたね。
結果的にはその4年後の昭和61年に「なずなの会」を誕生させるんですけれども、「なずなの会」を始めて3年くらいは平穏で静かで、大変しあわせな日々を送っていました。その間に、無農薬農法についてもいろんな検証をしていったのも確かです。
</p><p>
そんな時、突然畑に24歳の歯科衛生士と名乗る女性が現れて、「アトピーを治してください」と言ってきた。当時アトピーという言葉すら聞いたことがなく、ただ「大変なんだ、大変なんだ」と言っているんです。話すうちにそれが病気のことを指しているということが分かり、「それなら病院へいかにゃあ、わしゃ百姓やから」と言ったんですが、彼女は二十年以上病院に通って治らないと言いました。
</p><p>
当時、玄米食をすでに始めていましたから、玄米と野菜、沖縄のシママースを使って作る味噌、それから漬物、梅干。彼女に、まずはこれらだけで食事療法に取り組んでもらったんです。そして薬をやめるように言いました。
</p><p>
一週間後に彼女が現れた、その姿を見たときは正直ゾッとしました。顔中血だらけ、かさぶただらけで、生きた皮膚が全く見えない。どうしてこんなことを引き受けたのか、逃げられるなら逃げ出したいとさえ思いましたよ。でも、彼女の怯えた目を見て逃げられなくなった。
</p><p>
一週間に一回、場所を決めて会うことにして、その食事療法を続けました。すると、4週目に顔全体にあったかさぶたが半分ほどになって、3ヶ月後にはきれいな皮膚に戻っちゃった。
</p><p>
それから赤峰の人生の狂い始めなんですよ。（笑）
</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>狂い始めですか（笑）</p>
</dd>
<dt>赤峰：</dt>
<dd>
<p>クチコミというのはすごいね、次々に重症のアトピーの人が来るようになってしまって。はじめた3年間くらいは怖かったんだけど、というのも、アトピーがうつるんじゃないかと思ってね・・・でも続けているうちにうつるものじゃないという事が分かって。
</p><p>
それから、無農薬野菜と名のつくものは世の中にいっぱいあるけれど、アトピーの人が食べられるものはなかなか無いんだなということも分かってきた。そのことをアトピーの人との出会いが与えられたのだと勘違いの中でやる気になって（笑）、それから積極的にアトピーの食事指導を始めました。
</p><p>
指導というのも、まず食事ノートを作ってもらって、食べたものを正確に記録してもらうだけです。ただし一品たりとも逃さないように。その中から、化学的なものを全て外していったんです。そうすると、みんな次々に治っていく。それを続けていたら、とうとうアトピーが出ている場所によって、食べているものの違いまで分かるようになっていきました。いつの間にかアトピー治しの専門家のように思われるようになってしまったんですよ。
</p>
</dd>
</dl>]]></description>
            <link>http://digiper.com/interview/article/33.shtml</link>
            <guid>http://digiper.com/interview/article/33.shtml</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">西山由利子</category>
            
            <pubDate>Wed, 10 Nov 2010 12:47:03 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ハーモニクスライフセンター主宰 / 東京平和映画祭 プロデューサー きくち ゆみ氏</title>
            <description><![CDATA[<strong>きくち ゆみ氏 プロフィール</strong>
東京生まれ。著作翻訳家、エコロジスト、平和活動家。千葉県鴨川で、夫の森田玄と自給的農業を営む。

大学卒業後、マスコミ・金融界を経て、1990年より環境問題の解決をライフワークにする。911事件をきっかけに「グローバルピース・キャンペーン」を立ち上げ、米紙への意見広告やハリウッドのビルボードを実現。「戦争中毒」「9・11事件は謀略か」「9・11の矛盾」を翻訳、「テロリストは誰？」「911ボーイングを捜せ」「911の嘘をくずせ」の日本語版を制作。

平和省プロジェクト運営委員、<a href="http://www.peacefilm.et/Film_Festival/tpff2010.html">東京平和映画祭</a> プロデューサー。

2010年9月11日より、恵比寿ガーデンプレスにて彼女が日本語版をプロデュースした映画「ZERO：9/11の虚構」が上映予定。

聞き手 / デジパ：桐谷

<dl>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>平和運動家としての活動に至るきっかけについてきかせてください。</p>
</dd>
<dt>きくち：</dt>
<dd>
<p>私はもともと平和運動ではなく、環境運動をやっていたんです。1990年に、私の好きなベリーズの森が破壊され、マングローブが根こそぎ採伐されていくのを目の当たりにして、熱帯林のことを調べ始めたんですが、熱帯材を一番輸入していたのは日本企業だということが分かって「なんだ木を切ってるのは自分だったのか」というところにいきあたって。そこから森を守るという環境保護活動をはじめました。自分のライフスタイルを見直し、不要品を売って、熱帯林を守るための資金作りをしました。</p>
<p>またそれと並行して海のクリーンアップ活動をしていましたので、2000年頃までの10年間ほど、森と海の保護活動を続けていました。</p>
<p>そんな中、91年の湾岸戦争の時に原油が海に流出するという映像が毎日のようにテレビで流れていましたが、あの時にハッとしました。海というのは7つの海すべてつながっていますから、一箇所汚すと国境を越えて汚れてしまいます。もちろん、空気もそうです。だから、戦争が一番の環境破壊だということに気がついたんです。</p>
<p>だけど自分が実際に反戦活動をするということは、当時の私にとってとても敷居が高く、具体的な活動も想像し難いものでした。</p>
</dd>
</dl>

<img src="/img/interview/32/img_01.jpg" width="510" height="200" alt="インタビューの様子写真" />

<dl>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>鴨川に引っ越してこられたのはいつのことですか？</p>
</dd>
<dt>きくち：</dt>
<dd>
<p>98年の4月です。ここでは田植えをして、野菜を育て、自然の恵みを食べることが究極的に環境を守ることにつながるということを実感して、この暮らしを広げることが私のライフワークだと感じていました。</p>
<p>ところが、2001年にあの911事件が起こった。湾岸戦争の時のことを思い出しました。これからテロの度に戦争で対抗するなんてキリがないです。</p>
<p>戦争で一番大きな被害を受けるのは、戦場にされた国の子どもです。911事件直後は自分が子どもを産んだすぐ後だったこともあり、この子たちを守るには「戦争を止めるっきゃない」って思ったんですね。子どもを産んだばかりの女は、産んだ子に対して「誰にも傷つけさせない」「この子のためなら何でもやる」という心境なんですね、きっと。ロジカルな思考ではなく、とにかく子どもを守るために本能的に動くというか。自分の子どもを守れるのは自分だという勢いで、アフガニスタンの子どもたちやイラクの子どもたちが殺されるのはどうしてもいやだ、戦争を止めなければいけない、テロの報復として戦争するのは間違っていると強く思い、その時に立ち上げたのが「グローバルピース・キャンペーン」です。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>私が初めてゆみさんの活動を知ったのもその頃でした。</p>
</dd>
<dt>きくち：</dt>
<dd>
<p>そうでしたか。当時の勢いは相当だったと思うので（笑）、周りからもいろいろ言われはしましたが、とにかく戦争が始まる前になんとか世論を、特にアメリカの世論を変えて、戦争を止めるためにできることは全てやるという感じで走り出していました。気づいたらあっという間に「グローバルピース・キャンペーン」を始めていましたね。テロに戦争で対抗しても、解決するどころか更にテロを生むだけだというのが当時の私の主張です。それから現在も主張は変わっていませんが、911事件についてより詳しくなってからは、そう単純ではないこともわかってきました。</p>
<p>あれだけ国境を越えた大きな反戦活動があがったのに、結局戦争は止まらなかったし、今もなおつづいています。アメリカの指定する「テロ国家」には、アフガニスタンやイラク以外でも、イラン、シリアなど反米的な国家が数多く挙がっていて、終わりが見えていません。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>具体的にはどのような活動をされてきたのでしょう。</p>
</dd>
<dt>きくち：</dt>
<dd>
<p>いくつか紹介しますと、まずはニューヨークタイムズやワシントンポストやロサンゼルスタイムズなど米国の主要紙に反戦・平和の意見広告を出しました。それから、『戦争中毒』という本の出版をアメリカで支援し、ハリウッドに『戦争中毒』のビルボード（看板広告）を出し、それから日本語訳をしました。この本は日米でベストセラーになっています。</p>
<p>これはもともとアメリカ人の「平和のための退役軍人会」の方が出版しようとしておられた本で、私達「グローバルピース・キャンペーン」が支援して、最初にアメリカで出版しました。『戦争中毒』を読むと、戦争というのは勃発するのではなくちゃんと仕掛人のような存在がいて、その存在が仕掛けることでウォールストリートの投資家、銀行家、様々な企業が自分たちの売上を伸ばすためにやっているものだということが書いてあります。資源争いも利益のためですよね。イラクだったら石油、アフガニスタンなら天然ガス、とね。</p>
<p>それから『テロリストは誰？』というドッキュメンタリー映画集の翻訳をしました。この作品の中では私も知らない、アメリカ人すら知らないことが描かれていました。アメリカという国は、第二次大戦以降、つぎつぎと第三世界の国々、例えばパナマなどの国を攻撃し続けています。パナマへの空爆はノリエガ大統領を捕まえるという理由で日本でもニュースになりましたが、当時空爆で首都のパナマシティーが焼け野原になり、何千人という被害者を出しています。報道されないために誰も知らないようなことが、この映画では多く取り上げられています。</p>
<p>私自身映画を見て本当にびっくりしました。こうやって他所の国に爆弾を落として多くの人が犠牲になっていても、報道されなければ私たちは、それがあったことすら知らないで済んでしまうのだ、ということに初めて気づいたんです。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>「平和省プロジェクト」についてお聞きしたいのですが。</p>
</dd>
<dt>きくち：</dt>
<dd>
<p>911事件当時のアメリカは、多くの人が戦争賛成だったんです。世論調査がどの程度正確かという問題もありますが、私が見た一番大きな数字だと90%、少なくとも70%くらいのアメリカ人が報復のための戦争を支持していました。</p>
<p>「グローバルピース・キャンペーン」の活動で私が一番やりたかったことは、そのアメリカの世論を変えることでした。まずひとつ、私は市民ですから、アメリカ市民にはたらきかけて市民の意識を変えていくということがすぐにできることで、意見広告をしたのです。そしてもう一つは、アメリカの政治に影響を与えたい。アメリカの議員で戦争反対の人がいないか、探していました。</p>
<p>911事件後の2002年初頭、ブッシュ大統領は一般教書演説で、「イラクが大量破壊兵器を隠し持っているので攻撃をしなくてはならない」と言っていました。演説後は上下両院の議員はみな立ち上がって拍手喝采、スタンディングオベーションです。唖然としました。むなしくも、テレビに向かって「大量破壊兵器一番持っているのはアメリカじゃない。自分の国の核兵器は何なのよ」とつぶやきました。</p>
<p>そんな中、インターネットで戦争不支持の政治家を探していたら、オハイオ州の下院議員デニス・クシニッチさんの演説を見つけたんです。その演説はブッシュ大統領の一般教書演説とは対照的に、「まず我が国の大量破壊兵器からなくそう」と言っていたんです。鳥肌がたちましたね。言い方は違いますが、ちょうど私がテレビに向かってつぶやいたことと同じことを彼は米国議会議事堂で発言していたのです。それから彼の動きをウォッチしはじめて、私はデニス氏のフォロワーになりました。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>その後コンタクトはあったのですか？</p>
</dd>
<dt>きくち：</dt>
<dd>
<p>はい。しばらくしてデニス氏が大統領選に出馬するという連絡が入りました。</p>
<p>その頃の私は、活動の甲斐なくイラク戦争が始まってしまって、活動のペースがとてもスローになっていました。所詮、どんなに市民ががんばっても、権力者を止め、戦争を止めることなんてできないと意気消沈していたのです。ですので、大統領選出馬の知らせがあってからは"デニス氏を大統領にしよう！"と、私の中で活動の方向を転換し、また活動を再開しました。私はすぐに大統領選のキャンペーンを始めたばかりのデニス氏に会いに、カリフォルニアに飛びました。当時は今ほど有名ではなかったので、会うことができたんです。</p>
<p>結論から言えば彼は本選に入る前の予備選で破れてしまったのですが、彼のやろうとしていることの一つ大きな柱に「平和省の創設」があったんです。そもそも「平和省」というのは、あらゆる争いごとを非暴力で解決するためにベストを尽くす、非暴力に徹した国家機関です。武力を使わずに、あくまでも交渉、仲裁あるいはトランセンド（超越）を目指します。デニス氏のマニフェストにあった「平和省」の理念はすばらしいものでした。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>&quot;トランセンド&quot;とはなんですか？</p>
</dd>
<dt>きくち：</dt>
<dd><p>意味としては「越える」ということです。ヨハン・ガルトゥングという人が提唱した考えで、例えばAとBという二者間において争いが起こったときに、その解決策は「A+B÷2」ではなく「C」というまったく別の、AやBを越えたところにあるという考え方です。</p>
<p>ヨハン・ガルトゥングという人はノルウェー人ですが、ノルウェーには「平和省」はありません。しかし、長年紛争が続いているイスラエルとパレスチナとの間に立って仲裁外交などをするなど、すでに平和省の目指すようなことを早くから実践している国です。</p>
<p>それから、例えばピース・プリゲード（非暴力平和隊）とか国際連帯運動（ISM）といったGOがありますが、彼らは紛争地域に入っていってただ監視やアテンドをするんです。そこにでも外国人の目やカメラがあるというだけで、残虐な行為や暗殺などが防げたりするんです。その他にも非暴力・平和的手段で紛争を解決しようと活動する数多くの団体がありますが、それは政府ではなく民間のGOがやっています。それら団体が政府直結の「平和省」としてまとまって活動することができたならば、今よりもう少し、紛争が武力抗争になる前に解決できる道が探れると考えています。</p>
<p>デニス氏大統領選の後、「平和省」を本当にアメリカにつくろうじゃないか、と選挙運動をしていた人たちが「ピースアライアンス」というグループを立ち上げました。私も当初のピースアライアンスの活動に参加していましたが、この「平和省」は日本にこそあったほうがいいと考えるようになりました。</p>
<p>日本では駐在する米軍の問題や自衛隊の戦地への派遣など、憲法9条や非核三原則が年々形骸化しています。憲法で戦争を放棄しているのですから、日本こそ平和省をつくってどんどん外国に出ていって、非武装で調停外交含めトランセンドや非暴力コミュニケーションを駆使して紛争が武力抗争になる前に争いごとを収めることができたらどんなに素晴らしいか、と思っています。日本をそういうことができる国にしたいですよね。</p>
</dd>
</dl>]]></description>
            <link>http://digiper.com/interview/article/32.shtml</link>
            <guid>http://digiper.com/interview/article/32.shtml</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">西山由利子</category>
            
            <pubDate>Fri, 20 Aug 2010 17:43:52 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ホロトロピック・ネットワーク 代表 天外 伺朗氏</title>
            <description><![CDATA[<strong>天外 伺朗氏 プロフィール</strong>
ソニーにおいてCD（コンパクト・ディスク）の開発者やエンタテインメントロボット「AIBO」「QRIO」の製作総責任者として知られ、2006年まで同社上席常務を務める。ソニー在席時から数多くの執筆をこなし、著書に関連した多分野の講演を行うほか、氏が開塾した「天外塾」では多くの経営者を指導している。

聞き手 / デジパ：桐谷、西山

<dl>
<dt>桐谷：</dt>
<dd><p>以前から<a href="http://www.officejk.jp/category/1327014.html" title="「天外塾」メルマガ">「天外塾」メルマガ</a>を講読しているのですが、地域通貨についてよくふれておられますよね。私は地域通貨というものが日本を再生するキーじゃないかと思っているのですが。</p>
</dd>
<dt>天外：</dt>
<dd>
<p>私もそう思っています。ただ、今流通している地域通貨そのままでは、日本は再生できません。というのは、いまは公的通貨である日本円とコンフリクトしないように、こそこそと小規模にやろうとしています。もちろん、それによって人々のコミュニケーションや信頼を勝ち取るという姿勢は素晴らしいと思います。そこは受け継いだらいいと思うんですけど、はるかに大きな規模を考えています。経済の半分以上を地域通貨が支えるようになれば、いわゆるギャンブル資本主義から離脱できるのではないかということです。</p>
</dd>
</dl>

<img src="/img/interview/31/img_01.jpg" width="510" height="200" alt="インタビューの様子写真" />

<dl>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>経済の半分以上ですか。</p>
</dd>
<dt>天外：</dt>
<dd>
<p>はい。その他にギャンブル資本主義から離脱できる手立てがない。</p>
<p>まずはグローバリゼーションから離脱してローカル中心の経済になる。これは昔に戻るようなことで、当然効率は悪いです。でも効率よりも信頼を重視した社会にしようじゃないかということです。</p>
<p>いま、ほとんどの人が、かつての高度成長を夢見て成長、成長と叫んでいる。これは無理ですよ。昔のやり方で日本経済を復活させることはできない。この50年で、ドル換算で日本人の給料は50倍になっている。たとえば中国で財政上の投融資といって道路や橋をつくったら、それは経済の活性化に一定の効果があるので非常に有効です。でも、日本というのはインフラはもうほとんど完備してるから熊しか通らない道路しか投資先がない。</p>
<p>それにいまの政府のようにお金をばらまいても、貯蓄をする人もいるし、物を買ったとしても、それがMADE IN CHINAだったりする。それはつまり日本経済に貢献しないんですよ。</p>
<p>あるいは規制緩和で企業の活性化を図っても、これまでだったら従業員の給料が上がって購買意欲が上がり、経済が活性化するということがありえたけれども、いまは中国と戦わなくてはいけないから給料上げるわけにいかない。かつて有効だったどの手をうってもいまは効かない。給料が10分の1の国と戦わなくてはいけない状況で、勝てるわけないのですね。
</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>そこで、ローカル化なのですね。</p>
</dd>
<dt>天外：</dt>
<dd>
<p>はい。グローバリゼーションから逃れて、ローカルな経済がそれぞれ活性化していくということ。それの道具として地域通貨しかないというのが僕の発想なのです。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>経済の半分を地域通貨が支えるとなると、それは銀行で流通するのでしょうか。</p>
</dd>
<dt>天外：</dt>
<dd>
<p>銀行ではなく、信用金庫だろうね。その地域が広がっては意味がなくなるから。
そして時間とともに目減りする仕組みにする。目減りするからこそ活性化するわけですよね。みんな貯金しないで使いますから。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>なるほど。この記事の読者層は20代から40代のビジネスマンが多いのですが、彼らの中で生き方に対する迷いや不安感、これからどう進んでいったらいいのだろうというような空気が蔓延している気がしています。</p>
<p>私も天外さんの提言に影響を受け「農ある暮らし」を始めなくてはと、一念発起、南房総に引っ越したところなのですが。</p>
</dd>
<dt>天外：</dt>
<dd>
<p>そうですか。それはそれは。</p>
<p>ただ、「そうせねばならない」という感じになるよりは、周りも整って自分も整って、自然にその方向に行くのがいいですね。"運命の法則"という本に少し書きましたけど、「こうあらねばならぬ」というのは、脳でいうと大脳新皮質の働きで、論理や理性で自分や他人をコントロールするということをしようとするんだけど、宇宙がそういう流れにならないときは、いくら自分の意志で動こうったってあんまりうまくいかないというのが僕の考えです。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>自分をコントロールしないというのは、難しいですね。</p>
</dd>
<dt>天外：</dt>
<dd>
<p>そうそう、でもコントロールをやめると、内側の自分が出てくるの、ちゃんとね。</p>
<p>コントロールしようとしている自分というのは意識の表面のところにある、いわば新皮質による自分であって、それがいなくなると人生はうまくいきますよということを書いてます。これは経営の本にも書いていますよ、これができれば経営もうまくいくと。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>それは、エゴとか我というものでしょうか。</p>
</dd>
<dt>天外：</dt>
<dd>
<p>そう。エゴそのもの。
たとえば日本のトップレベルの経営者であっても、「私は自分がたいしたことないことを知っていますから」というところから話し始めたりする、つまり私の本でいうところの「愚者の演出」ということなんですが、これができるということはすごいことなんですよ。</p>
<p>社長さんというのは、だいたい「賢者の演出」をしようとするのですよ。私の方が部下より優れているということを演出しようとしたりして。でもそれをすると、会社はあらぬ方向へいってしまう。だからといってそれをエゴでもって新皮質的に真似するとダメなのですね。真似しちゃいけない。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>それでは「愚者の演出」ができる経営を目指すにはどうすれば？</p>
</dd>
<dt>天外：</dt>
<dd>
<p>いくつかのステップがあって、ひとつには「やりすごし宣言」というのがあります。"非常識経営の夜明け"に書いていますが、自分の指示命令が違っていると思ったら、自由にやり過ごせということを社長自ら宣言するのです。これ、大変ですよ、結構。（笑）</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>かなりストレスが多そうですね（笑）</p>
</dd>
<dt>天外：</dt>
<dd>
<p>その「やりすごし」はどこでもできるわけではない、普通の会社でそれをやるとすぐ経営は傾いてしまうから、あるステージへ到達している会社でやってくださいということも書いています。</p>
<p>同様に、「長老型マネジメント」もいきなりやるのではなくて、まずは「やりすごし宣言」ができるところまで会社がステップアップする必要があります。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>禅の世界のような感じがしますね。</p>
</dd>
<dt>天外：</dt>
<dd>
<p>そう、同じですよ。禅の言ってることと全く同じ。だから仏教というのはやっぱりすごいなって思っています。私が経営の世界で見つけたことは結局仏教がいってることだったり、老子がいってることだったり、全部通じるものですね。</p>
<p>そこから外れると、例えば鉄鋼王カーネギーなんかが提唱したアメリカ流の成功哲学というのがありますが、それを信じて一生懸命やってるとひっくり返る人がいっぱいいたりする...</p>
</dd>
</dl>]]></description>
            <link>http://digiper.com/interview/article/31.shtml</link>
            <guid>http://digiper.com/interview/article/31.shtml</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">西山由利子</category>
            
            <pubDate>Thu, 20 May 2010 02:17:30 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>グリーンピースジャパン代表 星川 淳氏</title>
            <description><![CDATA[自らを「人と自然の共存する持続可能なシステムを作り出すデザイナー」と位置づける国際環境NGOグリーンピース・ジャパン代表の星川氏に、わたしたちの未来をどのように明るくしてゆけばよいか、お考えをうかがった。

聞き手 / デジパ：桐谷、西山

<dl>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>弊社は数年前から「半農半X」の働き方を目指してきたのですが、ちょうど去年から一部のスタッフを除いて全員スーパーフレックス制を導入し、一方では皆で耕せる土地を探し、具体的に実践しようとしているところです。星川さんは随分前から屋久島で「半農半X」の生活を営んでこられましたよね。</p>
</dd>
<dt>星川：</dt>
<dd>
<p>わたしは書く仕事をしていましたのでそれを「半農半著」と呼んでいましたが、屋久島では自分たちの家族単位において"食べ物を自分たちでつくる""書く仕事をする"というサスティナブルな暮らしをある程度まではかたちにしていました。</p>
<p>ただ一つの場に根をおろして10年、15年経つと、地域の問題が耳に入り目にもします。その中で森林伐採だとかゴミ処理問題だとか、いくつかどうしても黙っていられないことがでてきてしまって、反対の声をあげたことが結果的には実を結んだんですね。そうしてすこしずつ「政」の現場に近づけられてきたという経緯がありました。</p>
</dd>
</dl>

<img src="/img/interview/30/img_01.jpg" width="510" height="200" alt="インタビューの様子写真" />

<dl>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p> 20代の頃から星川さんの著書に親しんできた私は、グリーンピース・ジャパンの代表に就任されたとうかがったときには驚きました。</p>
</dd>
<dt>星川：</dt>
<dd>
<p>最終的にはパートナーである妻に背中を押してもらい、屋久島の住まいも畑もそのままに、長い出張のつもりでいまの仕事に就いています（笑）。</p>
<p>ITの世界でもシステムデザインという言葉を使うと思いますが、わたしの取り組んでいることもまさにそれで、自分はシステムデザイナーであるという自覚をもってやっています。もっともわたしの場合は範囲が非常に広くて、人間も自然も含み、法律から交通からエネルギー、食糧など、生きることの全体に関わる地球と人類社会のシステムデザインになりますが。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p> いま日本は、環境問題・エネルギー問題・食糧問題など様々な問題において転換期を迎えていると考えているのですが、どういう方向に向かってゆけば再生を果たせると考えておられますか。</p>
</dd>
<dt>星川：</dt>
<dd>
<p>日本列島は、世界に類を見ないくらい恵まれたところだと思っています。こんなに自然が豊かで、気候に多様性があって、水が豊かで、太陽が照って、様々な可能性が開かれた場所はなかなかない。ここで、わたしたち人間が持続可能な生き方を追求できないなんて、ありえないことなんですよ。</p>
<p>問題は、人間社会のシステムデザインがあまり上手くないことです。個々の人や組織のレベルでは優れていても、日本国という集団として優れた合意を形成するという点において、まだまだなんだと思います。</p>
<p>環境問題は、自然のシステムと我々人間の社会システムがうまく折り合えないということですが、自然のシステムは変えられません。ほぼ100%に近いくらいインテリジェントで"賢い"わけです。だとすれば、日本の社会システムがそれと折り合えるようにレベルアップしていかなくてはいけない。それが日本の課題です。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>そのためにはビジョンがなくてはいけませんね。</p>
</dd>
<dt>星川：</dt>
<dd>
<p>そうですね。サスティナブルな社会に向けて、個々の人たちが「やらなくてはいけない」ではなくて、「こうしたほうが楽しい」「このほうが得をする」と自然にプラスの意識が働くような社会システムをつくっていくことだと思います。</p>
<p>そして、正しい税金の使い方は言うまでもありませんが、我々がその使われ方をきちんとチェックすることです。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>日本ほど税金の使い方が下手な国もないと言われたりしますが、グリーンピース・ジャパンを代表する星川さんとして、いま伝えたいメッセージはどんなことですか？</p>
</dd>
<dt>星川：</dt>
<dd>
<p>「監視・問題提起・代案提示」、この3点をひとりひとりが自分の責任、国民あるいは市民の責任として行うという姿勢が、もう少し皆の間に浸透してほしいですね。</p>
<p>わたしたちはその名の通り、グリーン（環境・自然）とピース（平和）を守る・維持する・作るというのが本業なんですけれど、わたしたち国民が、自分達で選んだ議員がつくる政府、そして政府が税金を使うシステムをチェックするということ、ダメなことはダメと言うこと、そしてただダメと言うだけでなく代案を出すということ、それが成されてはじめて「グリーン」「ピース」を守る、維持する、作り出すということができると思うのです。</p>
<p>なぜなら、「監視・問題提起・代案提示」の大前提がないと、わたしたちが本当に望んだものが実現できているのかが分からないからです。本当の意味で守るべき自然を守れないかもしれないし、求めている平和を作り出すことができないのではないかと強く思いますね。</p>
</dd>
</dl>]]></description>
            <link>http://digiper.com/interview/article/30.shtml</link>
            <guid>http://digiper.com/interview/article/30.shtml</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">西山由利子</category>
            
            <pubDate>Fri, 12 Feb 2010 03:04:15 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>面白法人カヤック 代表取締役 柳澤大輔氏</title>
            <description><![CDATA[古都鎌倉から新感覚ネットサービスを次々にリリースする「面白法人カヤック」。創業11年目を迎えた2009年、さらに「ぶっこみ」つづける柳澤大輔氏に、カヤックの企業精神、ものづくり精神についてうかがった。

<dl>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>年末にまた面白いことやってましたよね。ネットサービスを全部売却するという。</p>
</dd>
<dt>柳澤：</dt>
<dd>
<p>今回は88個やりました。<a href="http://bm11.kayac.com/" title="ブッコミイレブン">ブッコミイレブン</a>のサービス売却セールはこれで2回目でしたけど、作ってるモノの質が上がってるのと、カヤックへの注目もあったようで、前回より売れてますね。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>昨年なんかはウェブ業界もガラッと変わったと感じていますが、こういう時流であるにもかかわらず次々にサービスをリリースするというカヤックさんのスタイルはずっと維持してこられてますよね。</p>
</dd>
</dl>

<img src="/img/interview/29/img_01.jpg" width="510" height="200" alt="インタビューの様子写真" />

<dl>
<dt>柳澤：</dt>
<dd>
<p>カヤックは「ゼロから1を生み出す」という社会的使命を担おうと思っています。</p>
<p>サービスを生み出し、ある程度まで育てたら、リリースしたり売却したりを繰り返しているので、受託案件であってもコーポレートサイトを制作するというよりは何か新しいネットサービスを作っているようなスタイルを続けてきました。</p>
<p>「それだけでやっていけるのか？」というところはありますが、模索して実験して問いかけてこれまで10年間やってこれたので、これを継続して20年、30年となってきたらビジネスモデルとしても成立するんだろうという仮説をもとにやってるところがあります。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>「ゼロから1を生み出す」という社会的使命ですか。</p>
</dd>
<dt>柳澤：</dt>
<dd>
<p>ウチのサービスは、需要があるから作るっていうモデルではなく、こういうものを作りたい、作ってみたい、というところからスタートしてるんです。</p>
<p>個人にまず手を挙げさせて、本当に作りたいという思いのあるものにGoサインを出します。そこでは数字的な目標とかについては一切考えない。そのプロセスが、「ゼロから1を生み出す」方法にあっているんです。</p>
<p>マーケットをリサーチして、フィールドワークして、ここが使いづらいからこう作れば、というようなアプローチだと、さほど革新的なものは歴史的に見てもそう出てこない。ニーズは関係なく、ただ自分が作りたいと思うところから生まれてくるものが、「驚き」のものになる。</p>
<p>そういうやり方をしていると、当然なかなか当たらないんですけど、10か20にひとつくらいは、あるマーケットを捉えるようなものが出てきます。マーケットの規模はそれぞれ違いますけど。</p>
<p>特にインターネットはまだ使い方がハッキリしていない発展途上の世界ですから、思いついたらやってみるというスタイルがうまくいくのかなと考えています。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>最近はケータイサービスもリリースされているようですが、ケータイはひとつ、テーマとなっていますか？</p>
</dd>
<dt>柳澤：</dt>
<dd>
<p>そうですね。ここが伸びてくれば、もう一皮むけていくんだろうなと考えています。</p>
<p>去年ケータイサービスの事業部「<a href="http://mobile.kayac.jp/" title="カヤックモバイル＄">カヤックモバイル＄</a>」を作って、公式で3サービスリリースしました。今年さらにつっこんでいくんですけど、カヤックとしては今年が「ケータイ元年」になるんじゃないかなと思ってます。その部分で人材も補強していきます。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>ネットサービスでいえば、mixiをはじめそれなりに大きなものが出尽くした感があると思うんですが、mixiクラスの大きいものを狙っている、あるいはニッチマーケットを狙っていくという手法もあると思いますが、そこはどうお考えですか？</p>
</dd>
<dt>柳澤：</dt>
<dd>
<p>もちろん、リリースしたサービスが最終的にmixiクラスの規模になるというのは、作った本人もそういうものを生み出したという面白さがあるので、狙ってます。</p>
<p>一方で、規模感が小さくてもどこにもない、ある一部の人たちにすごく褒められたり喜んでもらえるようなニッチなサービスをつくるっていうのもすごくやりがいを感じます。なので、どっちもですね。（笑）</p>
</dd>
<dt>西山：</dt>
<dd>
<p>では、まだまだ大規模なサービスも生み出せると。</p>
</dd>
<dt>柳澤：</dt>
<dd>
<p>たとえばイーモバイルとか無線とか、どこでもネットにつながるようになることで、どんなことができるか。またはPCにウェブカムが標準装備されたときにどういうサービスがあるか。そういうハード的な、あるいはインフラ的な切替のタイミングにどんな面白い爆発的なものが出るか。そういうふうに考えると、まだまだYouTubeクラスのものも可能性があると思っています。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>カヤックさんは11年目ですけど、社員数80名を超えてますよね、この体制でまだ同じスタンスでやりつづけられてるっていうのは、柳澤さんだからできてるのかなと感じるところもあるんですが、そのへんの秘訣ってどこにあるんでしょう？</p>
</dd>
<dt>柳澤：</dt>
<dd>
<p>秘訣ですか？！（笑）</p>
<p>この間アメリカのGoogle本社に訪れて、あの有名な社員食堂で食事をする機会がありました。すごい優秀そうな社員の人がたくさんいて（笑）、「でもこの会社の考え方をつくったのはこの人達じゃないんだよな〜」って、僕ぼそっと言ったんです。多分の創業時の3、4人があのすごい会社Googleの考え方やルールを作ったのであって、そこにいた大勢の社員ではない。</p>
<p>カヤックの場合は、みんな自分が会社を作ってると思ってるんですよ。そこが違いなんだろうなと思っています。規模が大きくなったとしても、一人一人が「自分がカヤックを作ってる」と思えるような組織作りをすればいいんだろうな、と。</p>
そのために、どういう仕組みや、どういう考え方や、どういうルールを設ければいいのかっていうのを、11年間自問自答してきたつもりです。</p>
</dd>
<dt>桐谷：</dt>
<dd>
<p>起業家としてネットサービスを考えるというのではなくて、カヤックとして考えるということですか。</p>
</dd>
<dt>柳澤：</dt>
<dd>
<p>一緒に、仲間としてどうやってこの会社やっていこうか、という感じですね。</p>
<p>だから今年の1月の合宿は、『不況で、カヤックが倒産するかも知れません。その時、どんな倒産の仕方ならカヤックらしいか考える』っていうのがテーマだったんですよ。</p>
<p>新卒の社員もいたので、「エエーー！」って顔してましたけどね。（笑）</p>
</dd>
<dt>一同：</dt>
<dd>
<p>ははははは（笑）</p>
</dd>
<dt>柳澤：</dt>
<dd>
<p>でもまぁ、そういうのを通して、考えてるわけですよね。（笑）</p>
</dd>
</dl>]]></description>
            <link>http://digiper.com/interview/article/29.shtml</link>
            <guid>http://digiper.com/interview/article/29.shtml</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">牧谷泰樹</category>
            
            <pubDate>Fri, 13 Feb 2009 21:03:32 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ZUTTO株式会社 代表取締役社長 松本靖行氏</title>
            <description><![CDATA[「ずっと愛着をもって使い続けられるもの」をコンセプトに環境に配慮した製品の販売や、社内の自給自足率向上を目指して活動しているZUTTOの松本靖行氏に、これからのこと、ビジネス展開などについてうかがった。

<dl>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>赤坂のビルから新木場の倉庫に引っ越しされて、だいぶ変りました？</p>
</dd>
<dt>松本</dt>
<dd>
<p>そうですね。毎日楽しんでやってます。倉庫なので掃除とかは自分たちでやらなければいけないので、大変さはあるのですが（笑）</p>
</dd>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>社員ともども、ZUTTOさんはニュータイプの会社だなと思っています（笑）いまレバレッジを効かせてリアル経済の何十倍もの大きさになったバーチャル経済が崩壊しましたが、そうなると今度はリアル経済の方に注目がいくと見ています。</p>
<p>そんな中、ZUTTOさんがやっていることは、こらからのビジネスのあり方を示唆しているように思います。そのひとつがエコ対策。ZUTTOさんは「ずっと使える」というコンセプトのネット通販を通して、持続可能な社会を目指している。グリーン電力もいち早く取り入れたことをはじめ、「自分のところの社員の食べるものは自分のところで作る」というコンセプトで自給自足率100%を目指して農業をされているとか。かなり先進的なモデルだと思います。</p>
</dd>
</dl>

<img src="/img/interview/28/img_01.jpg" width="510" height="200" alt="インタビューの様子写真" />

<dl>
<dt>松本</dt>
<dd>
<p>もともとはデジパさんと同じくインターネットの業界で仕事をしていて、まだまだ収益の部分ではインターネットの広告事業であったり、インターネットを使った物販、メディア事業など、インターネットに付随するものが多くなっています。ガラッと変えるつもりはないのですが、徐々にリアルに移行できればと思っています。これからはインターネットだけに特化するのではなく、リアルな部分とうまく組み合わせて新しいビジネスモデルができないかなと思っています。</p>
<p>農業も、もともと「事業を通じて社会問題を解決していくものを作り上げたい」という想いがありまして、食料問題などをいろいろ調べていたのですが、調べるよりやった方が早い（笑）というわけで、2年前から田んぼにかかわるようになりました。そして今年はじめて会社で田んぼを持つようになりました。</p>
</dd>
<dt>桐谷</dt>
<dd><p>それはどこですか？</p>
</dd>
<dt>松本</dt>
<dd>
<p>栃木県です。貸してくれる会社があって、教えてくれる農家があったので今年1年修行しました。先週脱穀をして精米して、26キロの袋で17袋くらい、350～400キロ取れました。</p>
</dd>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>田んぼの広さはどれくらい？</p>
</dd>
<dt>松本</dt>
<dd>
<p>専門用語で言うと1反5畝、400坪くらいでしょうか。社員が1年間お米を食べていける分を取りたいと言うことを農家さんに相談をして決めました。いま社員は20人くらいで一人暮らしの人が多いですから、来年社員はお米買わなくても大丈夫かなと（笑）</p>
</dd>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>玄米で持っておけばいいですからね。</p>
</dd>
<dt>松本</dt>
<dd>
<p>備蓄しておこうと思って精米機を買って、食べる直前に精米しています。こうした農業も将来ビジネス化していきたいと思っています。その前段階として自給自足会社を目指しているので、まず第一段階は達成できました。もちろんお米だけではダメなので、野菜とか水とか。水もなんとか確保できそうです。富士山まで行きまして、井戸を持ってらっしゃる方に分けてもらえることになりそうです。</p>
</dd>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>それは販売も考えているわけですか。</p>
</dd>
<dt>松本</dt>
<dd>
<p>そうですね。販売できるだけのクオリティがあります。富士山の水はとてもいいんだそうです。近くに食品メーカーさんの工場がありまして、井戸を掘って水を汲んでいるのですが、それをどこか飲料メーカーに卸して、飲料メーカーのブランドで販売しているそうです。</p>
</dd>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>リアルな部分を追いかけて行って、最終的にはメーカーを目指されるのですか。</p>
</dd>
<dt>松本</dt>
<dd>
<p>そうですね。本当に必要なものを社会に提供できるメーカーを目指したい。社会問題を解決するビジネスを展開する企業を目指したいんです。たとえば、いま通販で扱っているベルギーの洗剤「エコベール」には、リフィル、詰め替えがありません。むこうでは空の容器をスーパーとかに持っていって入れてもらうのだそうです。日本ではそういうモデルがないんですね。</p>
</dd>
</dl>]]></description>
            <link>http://digiper.com/interview/article/28.shtml</link>
            <guid>http://digiper.com/interview/article/28.shtml</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">牧谷泰樹</category>
            
            <pubDate>Fri, 28 Nov 2008 13:36:39 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>サイボウズ株式会社 代表取締役社長 青野慶久氏</title>
            <description><![CDATA[国内のグループウェアでシェアNo.1を獲得したサイボウズ。ベンチャーだった会社を大きくし、さらに安定させるために行ったこと、あるいは今後のビジョンや世界に向けた事業展開などを青野社長にうかがった。

<dl>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>ウチは昔からの「サイボウズ」ユーザーで、ケータイも使っていますけど、いまや最強のグループウェアになりましたね。</p>
</dd>
<dt>青野</dt>
<dd>
<p>まだこれからですよ。できていないことがまだまだ多くて。</p>
</dd>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>四国で3人ではじめられてから一部上場を果たされ、10年目に日本でシェアNo.1のグループウェアとなったサイボウズさんの成功ストーリーはだれもが知るところですが、会社を大きくされるときの社内の雰囲気づくりなど、成功の秘訣を教えていただければ･･････
</p>
</dd>
</dl>

<img src="/img/interview/27/img_01.jpg" width="510" height="200" alt="インタビューの様子写真" />

<dl>
<dt>青野</dt>
<dd>
<p>まだ成功したとは思っていないんですけど（笑）。最初3人でスタートしたとき、テンションの高い3人は何があってもへこたれないんです。ところが人が増えてくると、みんなが同じテンションではないんですね。そして部門ができると部門の壁ができてきて、たとえば開発とサポートでケンカが起こったりします。</p>
<p>一番の転換点は、3年半前私が社長になったときです。ベンチャー的気質から安心できる会社にシフトしなければいけない時期にさしかかっていました。ソフト自体も中小企業向け中心から徐々に大企業向けも増えてきて、信頼ある会社になっていかなければなりませんでした。このとき結構社員が辞めまして社風が変わりました。</p>
</dd>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>ベンチャー的なところからの転換ですね。</p>
</dd>
<dt>青野</dt>
<dd>
<p>それまではベンチャーが好きな一攫千金型の人がいたのですが、ベンチャーっぽくなくなってきたという理由で辞めていき、残った人は安心感のあるサイボウズを作りたかった人たちでした。そこで人事制度を一新。たとえばストックオプションをやめて持ち株会にしました。ストックオプションは一攫千金型のインセンティブなんですね。早く入った人がもらって莫大なお金になるかもしれない制度ですが、持ち株会は毎月の積立なのでコツコツとためる安定成長型です。これを切り替えました。</p>
<p>あと人事評価も目標を立ててその到達率で社員同士を競わして相対評価をしていましたが、一人ひとりの能力を見る絶対評価の制度に変えました。</p>
<p>もともと頑張ったら頑張った分だけもらえる制度だったのですが、社内で競わすとだんだん疲弊してきます。しかも社内はすべてライバルになるので、メンバー同士あまり協力しないようになります。それから目標を下げた方が達成率は上がることから、目標を下げる人も現れます。まだまだチャレンジしなければいけない会社なのに目標が抑えられていくことになります。これではいけないのではないかと。</p>
</dd>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>ちょうど狩猟民族から農耕民族へみたいな感じですね。</p>
</dd>
<dt>青野</dt>
<dd>
<p>営業会社では「立ち上がり突っ走り型」の会社もあると思います。でもサイボウズそうじゃなかったんですね。持ってるものがメーカーだったんです。ものづくりには5年、10年かかります。ですから長期視点が必要です。短距離ではなくマラソン型の会社にしていかないとものづくり会社として存続できないと思いました。それで社風を入れ替えました。</p>
<p>振り返ってみると、前社長の高須賀さんは立ち上げ型で0から1を作る人でした。そこから1から10を作る人にバトンタッチしたことで、社風も変ったのかなとも思います。</p>
</dd>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>アメリカなんかではアーリーステージが強いタイプ、成長期が強いタイプ、成熟期が強いタイプと変わっていくといわれてますね。</p>
</dd>
<dt>青野</dt>
<dd>
<p>そうですね。役割分担してやってますよね。</p>
</dd>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>ところで日本は崖っぷち経済ということが言われていますが、個人的に日本のポテンシャルは高いと思っています。農耕型の日本的経営がこれから世界のベースになるんじゃないかという気がしているのですが。</p>
</dd>
<dt>青野</dt>
<dd>
<p>一長一短あると思います。日本でも日本的経営でうまくいっているところもありますし、金融系のように欧米の会社のほうが強い場合もあります。メーカーのように長い時間をかけてコツコツやっていく職種に関しては日本型経営=長期視点の方が向いていると思います。</p>
<p>ものづくりを短期視点でやると、利益確保するためにリストラを行い、保有したかったノウハウが流出する、あるいは離職率が高く社内にノウハウがたまらないなど、問題が起こります。一方金融のように一般的な知識を持っておけば後は個人勝負ができる、という業界であれば日本型経営にこだわる必要はありません。</p>
<p>そのあたりがいま国際競争の結果に出ているような気がします。クルマ、電機などものづくりは日本が強く、金融系は弱い。ですから職種に応じて経営スタイルを変えればいいと思ってます。サイボウズはメーカーなので、長期視点でものづくりすることにしたということです。</p>
</dd>
</dl>]]></description>
            <link>http://digiper.com/interview/article/27.shtml</link>
            <guid>http://digiper.com/interview/article/27.shtml</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">牧谷泰樹</category>
            
            <pubDate>Tue, 05 Aug 2008 12:25:52 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ユナイテッドピープル株式会社 関根健次氏</title>
            <description><![CDATA[クリック募金サイト「<a href="http://www.ekokoro.jp/" title="イーココロ！ウェブサイト">イーココロ！</a>」を運営するなど、世界の様々な問題解決のために事業展開するソーシャルベンチャーの関根健次氏に、ソーシャルビジネスに関わった経緯とその現状、新たな取組みや未来への展望についてうかがった。

<dl>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>関根さんが起業した頃、ソーシャルアントレプレナー（社会起業家）という言葉はまだ日本になかったとかもしれませんね。</p>
</dd>
<dt>関根</dt>
<dd>
<p>いや、あったと思いますが、ほとんど認知されていませんでした。ソーシャルアントレプレナーが知られるようになったのはここ1、2年のことです。</p>
</dd>
</dl>

<img src="/img/interview/26/080317_01.jpg" width="510" height="200" alt="インタビューの様子写真" />

<dl>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>そもそも起業された背景にあったものは何でしょうか。</p>
</dd>
<dt>関根</dt>
<dd>
<p>インターネット広告代理店で忙しく働いていましたが、ストレスと過労で倒れ、救急病院に運ばれました。そのとき点滴を打たれながら「このまま死んじゃったら、オレの人生はどうだったのだろう」と思いました。そこから「自分がやるべきこと、やりたいことは何なのか」と考えるようになって、それまでの自分の人生が上面だけのものだったことに気づきました。</p>
<p>ただ、そのときはまだ何をやりたいのかが見えてなかったのですが、会社を辞め、半年くらいかけて世界を回ろうと思っていました。ところがそこで現ECナビの社長から声がかかり、いろいろ相談するうちに「SOHOでやるより会社にした方がいい」ということで、出資をうけて会社設立に至りました。</p>
</dd>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>そのときはクリック募金のモデルではなかったのですか。</p>
</dd>
<dt>関根</dt>
<dd>
<p>半年間かけていろいろな事業をやってみて、やりたいことを見つけようということでしたので、正直なところ決まっていませんでした。半年間やってみて出した答えはやはりといいますか、「世界の問題解決」ということでした。</p>
<p>「誰かが何かを始めるときはいきなり始めるのではなくて、コップに水が少しずつ溜まっていって、そのうち入りきれなくなって溢れはじめます。その溢れ始めたときに行動に移していく」と言う話を聞いたことがありますが、NGO、NPO募金サイト「イーココロ！」を始めた瞬間というのは、まさにそういう状態だったのだと思います。</p>
<p>インターネット広告代理店時代にも寄付の仕事を経験しましたし、ECナビの前身であるアクシブドットコムが「kifu.ne.jp」というドメインを持っていましたので、そのときにクリック募金の仕組みを提案していました。そのときはできなかったのですが。</p>
</dd>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>パッとひらめいたというよりは、暖めていたものが熟して、自分のミッションとなって事業を始められたわけですね。</p>
</dd>
<dt>関根</dt>
<dd>
<p>なんとなく、なんとなくやっているうちに「これじゃん！」（笑）みたいな。26歳のときにやっとやりたいことが見つかりました。</p>
</dd>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>「イーココロ！」はそれからどう推移しているのですか。</p>
</dd>
<dt>関根</dt>
<dd>
<p>最初の2期は赤字だったのですが、3期目に調子が上がって黒字化しました。ただ弊社はパラレルに経営しているので、「イーココロ！」のほうはまだまだでした。ネットマーケティングのコンサルティングで稼いだお金をサイト構築に投入して、3年間機能改善を続けてきました。</p>
<p>「イーココロ！」はユーザがバナーをクリックして、スポンサー企業のサイトにアクセスすることによって無料で1円募金ができる仕組み。一方でスポンサー企業には2円を負担していただいています。</p>
<p>2003年5月に「イーココロ！」をスタートさせましたのですが、最初の半年間の寄付金合計が2万数千円。とてもやっていけない数字です。2006年1年間の総額が2百数十万円。企業からいただく広告費の半分が寄付、半分が手数料ですが、1年間で2百数十万円では事業としては成り立ちませんよね。それが去年になってやっと1千万円を超えるようになりました。一昨年から昨年で5倍の伸びとなったことで、ようやく立ち上がったというところです。</p>
</dd>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>「イーココロ！」単独での黒字化はまだですか。</p>
</dd>
<dt>関根</dt>
<dd>
<p>まだできていません。今年は年間3000万円の募金目標を立てていますが、大分見えてきています。今年中に「イーココロ！」単体でほぼ黒字化できると思います。</p>
</dd>
</dl>]]></description>
            <link>http://digiper.com/interview/article/26.shtml</link>
            <guid>http://digiper.com/interview/article/26.shtml</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">牧谷泰樹</category>
            
            <pubDate>Mon, 17 Mar 2008 13:28:38 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ソーシャルブックマーク「Buzzurl」のこれから</title>
            <description><![CDATA[価格比較サイト「<a href="http://ecnavi.jp/" title="ECナビ">ECナビ</a>」、ソーシャルブックマーク「<a href="http://buzzurl.jp/" title="Buzzurl">Buzzurl</a>」を展開している宇佐美進典氏に、昨年の New Industry Leaders Summit (NILS) にて発表された新サービス「<a href="http://plus.buzzurl.jp/" title="Buzzurl PLUS">Buzzurl PLUS</a>」（2008年春頃リリース予定）や、2008年の気になるポイントについてうかがった。

<dl>
<dt>市嶋</dt>
<dd>
<p>そもそもBuzzurlはどういう経緯で始められたものなのでしょうか？</p>
</dd>
<dt>宇佐美</dt>
<dd>
<p>2年半くらい前のことですが、当時従業員140人くらいと規模が大きくなったことで、既存の組織の中で新しいことをやろうとしても各部署との調整に手間取るようになりました。ちょっとベンチャーらしさがなくなり始めていると感じたので、モノを作る人たちが何を作りたいか、自分たちで考えて実際アウトプットまで作れる別な組織を切り出して、そこからベンチャーらしさを生み出していけたらという想いで、ECナビラボを作りました。</p>
<p>ECナビラボでは「いま何があるのか」とは全く別にゼロベースで考えます。合宿してブレストし、作り込みまで行います。そのなかからソーシャルブックマークを作ろうという発想が出てきました。</p>
<p>僕らはいままでコミュニティっぽいサービスは作ったことがなかったんです。どちらかというとオペレーションをちゃんとやること、たとえば検索用データベースを作って検索できるようにするとか、商品のデータベースを作って情報を提供するとかはやっていたんですが、ユーザーが中心となるコミュニティっぽいサイトを作っていくことはなかったんです。しかしそういった部分は今後より重要になっていくという中で、いろいろ取りかかってみたい。「検索と共有」の「共有」の部分を入れたということです。</p>
</dd>
<dt>市嶋</dt>
<dd>
<p>私はBuzzurlは「ECナビ人気ニュース」（Buzzurlのリニューアル前のサービス）が開始した頃から存じておりまして、最初の頃はECナビ本体との連携をはかろうとしていたと思うのですが、最近はそれが弱くなっていますよね。</p>
</dd>
<dt>宇佐美</dt>
<dd>
<p>そうですね。それぞれ別々になってきました。</p>
</dd>
<dt>市嶋</dt>
<dd>
<p>今後はまたシナジーを生ませたいという方向になるのでしょうか。</p>
</dd>
<dt>宇佐美</dt>
<dd>
<p>サービスとしてのシナジーという部分でいうと、もう直接なくてもいいかな、と思っています。下位データベースの部分はつながって共有できているのでそれでいいかなと。</p>
<p>あと、コミュニティの盛り上げ方であったり、情報を共有するやり方そのものは、シナジーの中で今後応用できると思います。直接Buzzurlの中でシナジーの部分と何かをリンクさせて……となると、結局今のBuzzurlの中に作られている、そこはかとないコミュニティの部分（笑）とは違うので。</p>
</dd>
</dl>

<img src="/img/interview/25/080130_01.jpg" width="510" height="200" alt="宇佐美進典氏" />

<dl>
<dt>市嶋</dt>
<dd>
<p>性格が違いますよね。ECナビは自分たちでデータベースを作って、それを検索できる仕組みとして利用していただく。一方Buzzurlはユーザにオープンにデータを集めてもらって、それをユーザーに広めてもらう。でも、そのうちきっとどこかである方向に向かっていくと思います。もしかしたらBuzzurlの方が、情報の整理・構築という面で中心になるのかなと思うのですが。</p>
</dd>
<dt>宇佐美</dt>
<dd>
<p>そうなればいいのかなと思います（笑）。ビジネスの話とは全然別なのですが、もっとためになる情報がちゃんと集まる仕組みにしたいなと思っています。</p>
<p>というのも、今Buzzurlの中でもかなりスパム投稿が増えています。いわゆる群衆の英知みたいな部分、本来みんながいいというものはいい、というもののはずが、そうではなくなり始めています。そういった部分をもう一度本来あるべき姿にする仕組みにしていきたいと考えています。</p>
</dd>
<dt>市嶋</dt>
<dd>
<p>先頃発表された新サービス「<a href="http://plus.buzzurl.jp/" title="Buzzurl PLUS">Buzzurl PLUS</a>」というのは、そうした部分と関わって出てきたものなのでしょうか。</p>
</dd>
<dt>宇佐美</dt>
<dd>
<p>ECナビのスタッフはBuzzurlを結構使っていて、お互い読者登録をしているわけですが、だんだん会社の中で同じものに興味のある人たちがブックマークに集まってくる。結局ためになる情報というのはある程度そういう集団ごとに分かれてくると思います。それを無理に大きな器でやろうとするから、欲しい情報がなかなかない。ですから、そうした集団を自由に作れるようにしていこうというのがBuzzurl PLUSの考え方です。</p>
</dd>
<dt>市嶋</dt>
<dd>
<p>Buzzurlのトップページにある「特集 マーケティング SEO関連エントリー」がキッカケでしょうか。</p>
</dd>
<dt>宇佐美</dt>
<dd>
<p>そうですね。たとえば「はてなブックマーク」はエンジニアの方が多く使っているので、エンジニアの集まりのようなところが大きくなっていると思います。集団というのは1つのものが大きくなり過ぎてしまうと、本当に欲しい情報がなかなか集まりにくくなる、あるいは見えづらくなります。そこで集団ごとが浮き彫りになるような仕組みを作っていきたい。</p>
<p>もともとは、社内ソーシャルブックマークみたいな、そういう感じで使えればいいよね、ということを考えていました。同じ会社の中でたまっている情報とそうでない情報。1つの記事に対していろいろな集団の中でブックマークされたときに、この集団の中で何人にブックマークされていて、全体では何人にブックマークされているというのが分けて見えるようにしたい。20人の集団のうちの10人ブックマークしているけれど、全体としてみるとほかはだれもブックマークしていないとか。</p>
</dd>
</dl>]]></description>
            <link>http://digiper.com/interview/article/25.shtml</link>
            <guid>http://digiper.com/interview/article/25.shtml</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">牧谷泰樹</category>
            
            <pubDate>Wed, 30 Jan 2008 14:44:15 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>NTTレゾナント メディア事業部 「緑のgoo」</title>
            <description><![CDATA[検索を利用するだけで、その収益の15%相当が環境団体に寄付される「<a href="http://green.goo.ne.jp/" title="goo検索（Green Label）：緑のgoo">緑のgoo</a>」がスタートして約3ヶ月。着々と「gooの木」は成長を見せている。数々の企業が環境に対する取組みを派手にアピールする中、あくまでユーザを主体として地道な活動を続ける「緑のgoo」についてうかがった。

<dl>
<dt>聞き手</dt>
<dd><p>デジパ：畠山</p></dd>
</dl>

<dl>
<dt>畠山</dt>
<dd>
<p>
デジパでは2007年7月1日から使用電力の半分を「グリーン電力（自然エネルギー）」でまかなっていたり（<a href="/news_release/article/43.shtml" title="デジパニュースリリース：7月1日より、オフィスの使用電力の半分を自然エネルギーに">参考記事</a>）、またエコ製品の積極的導入などのグリーン調達、あるいは「<a href="http://www.eco-hiiki.net/" title="エコひいき.net">エコひいき.net</a>」というサイトを立ち上げる等、さまざまな環境に対する取組みを推進しているところですが、そのなかで、できることから始める、身近な環境貢献活動という「緑のgoo」に大変興味を持っています。これはどういった経緯でスタートしたものですか。
</p>
</dd>
<dt>永井</dt>
<dd>
<p>
私と澤村は検索の担当で、ウェブ検索の利便性向上に日々取り組んでいます。競合他社さんもいる中で、より「gooウェブ検索」を使って頂くために、どういうキッカケを作るかということを考えていました。ここ1～2年は、機能強化など差別化のポイントをずっと探っていのですが、機能強化で差別化をはかってもなかなか成果を図りづらい状況にありました。
</p>
<p>
もっと何か付加価値をご提供できないか探っていたところ、2007年6～7月頃、澤村が海外で行われていた寄付を行うサイトの活動に着目し、たとえば「検索の結果に表示される広告収益の何パーセントかを環境のために寄付をする。ユーザさんに全く負担をかけずにわれわれが寄付を代行する仕組みはどうだろう」という話になりました。
</p>
<p>
環境問題に興味を持っていながらも二の足を踏んでいる，環境貢献したいけれど自分で募金することはなかなかできないユーザさんに、情報を調べるという普段あたりまえに行っている行為の中で間接的に環境貢献ができる。「緑のgoo」を使うことでその付加価値を得られるというところで、他社さんをお使いだったり、「goo」を知らなかった方々にわれわれのウェブ検索を使って頂くキッカケを作れるのではないかと考えました。
</p>
</dd>
</dl>

<img src="/img/interview/24/071121_02.jpg" width="510" height="165" alt="インタビューの様子写真" />
（上記画像）左から、NTTレゾナントメディア事業部、検索担当 永井孝久氏、同 澤村正樹氏、広報担当 新地夏代氏

<dl>
<dt>畠山</dt>
<dd>
<p>
スタートしてちょうど3ヶ月くらいのところですけど、ユーザさんの反応はいかがですか。
</p>
</dd>
<dt>澤村</dt>
<dd>
<p>
「goo」では「環境goo」というのをずっとやっていますので、そこから｢環境goo｣での新しい取組みというイメージもあって予想以上の反応がありました。今回の場合はいわゆる情報を受け取るだけではなく、自分のいつもの行為にもうワンアクション付け加える目新しさもあるようです。
</p>
</dd>
<dt>畠山</dt>
<dd>
<p>
「gooの木」もずいぶん成長してますね。
</p>
</dd>
<dt>永井</dt>
<dd>
<p>
おかげさまで日々（笑）。
</p>
<p>
今回の企画に関して、ユーザさんに利用して頂くための広報活動はあまり行っていなかったんですね。この企画でどれだけ広がりが出てくるのか、当初想定していなくて、やってみたところ広報活動をあまり行わないにも関わらず、ユーザさんにブログパーツを貼って頂いたり、ツールバーをインストールして頂いたりとか、そういったことを地道に続けて頂けた結果、効果が出ているんだと思います。
</p>
</dd>
<dt>畠山</dt>
<dd>
<p>
検索するだけで環境貢献できるというのがポイントですね。
</p>
</dd>
<dt>澤村</dt>
<dd>
<p>
ワンクリック募金のブログパーツというのはあったんですけど、ワンクリック募金の場合は、募金したいという人だけがクリックするわけですが、「緑のgoo」はそういう風に意識しなくても、そのまま検索を使っているだけできてしまいます。かなり敷居を下げている、身近なものにできていると思います。
</p>
</dd>
<dt>新地</dt>
<dd>
<p>
日常生活でやっていることを何か別のことに置き換えるだけ。置き換えることで何も不便なことはありませんよ、というところがポイントだと思います。
</p>
</dd>
<dt>畠山</dt>
<dd>
<p>
もちろんポータルとしての価値が高まる相乗効果もありますし。
</p>
</dd>
<dt>永井</dt>
<dd>
<p>
あとは検索をすればするほど「gooの木」が増えるということろ。ユーザさんにとっては、自分がこれだけ環境に貢献できている、その貢献度合いがフィードバックされる仕組みになっているところがウケているのかなと思います。
</p>
</dd>
<dt>畠山</dt>
<dd>
<p>
そういうブログパーツをうまく利用されていると思ったのですが、「緑のgoo」は広告クリックしたお金の15%相当が環境団体に寄付される仕組みなので、もしかしたら、意図的にたくさんクリックする人が出てくるとかリスクあると思うのですが。
</p>
</dd>
<dt>澤村</dt>
<dd>
<p>
過剰クリック、スパムですね。これに関しては、普通の検索の連動広告においてもあるので、その辺りは広告配信側の機能でシステム的にチェックしています。
</p>
</dd>
<dt>畠山</dt>
<dd>
<p>
いろいろな環境団体の中から、寄付する先を<a href="http://www.foejapan.org/" title="国際環境NGO FoE Japan">FoE Japan</a>さんにした決め手はどこですか。
</p>
</dd>
<dt>永井</dt>
<dd>
<p>
寄付先の団体さんが具体的にどういう活動をしているのか分かっていないと、なかなか寄付することはできません。そこで「環境goo」の担当と人的なつながりのある複数の団体さんと話をさせて頂いた中で、「緑のgoo」の趣旨にご理解をいただいたFoE Japanさんにまずは寄付させていただくことになりました。
</p>
<p>
実際のところを木を植えて二酸化炭素を削減することをやりたいなと考えたのですが、植樹をされている人たちと会ったところ、企業が寄付する際に「植樹に寄付させてくれ」とか「動物保護に寄付させてほしい」という要望を出されることがあるのですが、実際に行うには人件費や雑費に非常にお金がかかってしまい、事実上特定の目的だけに寄付されても難しい現状があるというお話を頂きました。そこで団体さんの活動自体に賛同して、寄付したお金は活動全体に活かして頂くというカタチにしています。
</p>
</dd>
<dt>畠山</dt>
<dd>
<p>
FoE Japanさんだけでなく、ほかの団体にも寄付するのでしょうか。
</p>
</dd>
<dt>永井</dt>
<dd>
<p>
今後「環境goo」の担当者と相談しながら、いくつかの団体さんへの寄付を行っていこうと思っています。やはり団体さんによって活動内容が異なり、たとえば森林の保護をやっていたり、FOE Japanさんでは中国の砂漠緑化をやっていたりするので、いくつかの団体さんに順番に寄付していくカタチにしようかなと思っています。
</p>
</dd>
</dl>]]></description>
            <link>http://digiper.com/interview/article/24.shtml</link>
            <guid>http://digiper.com/interview/article/24.shtml</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">牧谷泰樹</category>
            
            <pubDate>Wed, 21 Nov 2007 15:13:29 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ライブドアホールディングス 平松庚三氏</title>
            <description><![CDATA[インターネット事業にリソースを集中させることで、再生をはかっているライブドアグループ。事件以後その先頭に立ってグループ全体を牽引してきた平松庚三社長が2007年末をもってライブドアホールディングス代表取締役社長を退任される。そこで平松氏にこれまでのこと、そしてこれからのことについてうかがった。

<dl>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>私どもの会社はいま麻布十番なんですが、ついこの間まですぐそばのビルにいました。</p>
</dd>
<dt>平松</dt>
<dd>
<p>そうですか。私は18年前はじめて転職した先がこのビルでした。ソニーからアメックスに行ったときのことです。ここに半年いてから荻窪のアメックスタワーに行きました。なにか不思議な縁というのがありますね。</p>
</dd>
</dl>

<img src="/img/interview/23/071031_01.jpg" width="510" height="165" alt="インタビューの様子写真" />
（上記画像右側）左から、ライブドアホールディングス平松氏、デジパ桐谷

<dl>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>著書を拝見しますと、ほかにも不思議な縁がたくさん載っていますね。</p>
</dd>
<dt>平松</dt>
<dd>
<p>ホントですね。弥生の全株譲渡の相手、MBKパートナーズの社長と話をしていたら、70年代後半、僕がソニーの係長にもなる前の話ですが、彼もニューヨークにいて、コロンビア大学からスミス・バーニーに入った。そのスミス・バーニーがソニーのニューヨーク証券取引所における幹事証券会社で、いっしょに仕事をしていたんですね。そういう目に見えないものが結構あります。</p>
<p>2001年の12月にインテュイットから95億で弥生を買って、それからそれをライブドアが230億で買いました。当時高い買い物だと言われました。でも今度740億ですから。これから1000億以上をめざせと檄を飛ばしてきたんですけどね（笑）</p>
</dd>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>あれは結構衝撃的でした。平松さんは弥生をMBO（Management Buyout）されて、それが縁でライブドアグループに入り、それから事件があってライブドアの社長を引き受けられたわけですが、その弥生を売却されたのはとても興味深かったです。</p>
</dd>
<dt>平松</dt>
<dd>
<p>たしかに結構いろいろ言われますね。「弥生っていたらベイビーじゃないですか」とか「ベイビーを売却しちゃって寂しいでしょ」とか。でも、まったくそういうことはないですね。自分が7年前に入って、6年前にファンドと組んで95億で買い取ったものを、230億の企業価値でライブドアに評価してもらった。さらに今度は740億になった。結果MBKパートナーズに決まりましたが、世界の名だたるところが同様の価値を認めてくれたわけですから、非常に誇りに思います。社員たちにも「君たちがここまでやってきたんだから、誇りを持とう」と、そして「さらに上を目指そう」と言ってきました。</p>
</dd>
</dl>

<img class="imgL" src="/img/interview/23/071031_02.jpg" width="150" height="225" alt="平松庚三氏写真" />

<dl>
<dt>桐谷</dt>
<dd>
<p>そこは、ライブドアのポータルビジネスであるとか、Web2.0的なサービスに経営を集中させていこうということでしょうか。</p>
</dd>
<dt>平松</dt>
<dd>
<p>いまライブドアのブログは9月末で220万強くらいかな、ダントツのトップですね。ライブドア事件で毀損しましたが、毀損しなかったものが2つあって、ひとつが弥生。弥生はブランドとして確立していたので事件後も伸ばしました。もうひとつはライブドアのポータルです。確かに広告の方はもの凄く落ちました。でもPV（Page View）とかUU（Unique User）とかそこのところはずっと上がりつづけていました。そこは誇りに思います。</p>
<p>今期ポータル、ネットワーク事業もビジネスとしては大変なところでしたが、4月からホールディング会社と完全子会社にして軽くなったことで、なんとか単月黒字になっているんじゃないかと思います。事業というのは単月黒字の繰り返しですから、これが出れば次の年の通期というのもだいたい見えてきます。これからがホントに楽しみです。</p>
<p>持ち株会社というのは、売ったり買ったりということよりも、グループ全体の企業価値を上げるのが最優先課題なんです。それと同時にいま約700億の訴訟を抱えているので、訴訟への対応とグループの価値を上げること両方が必要です。そして売却しても会社全体の価値は変りません。そうした折にマーケットから非常に高い評価をいただいたので、ホールディング会社のCEOとして、手放すタイミングがベストだったということがひとつ。もうひとつが、弥生は100%ライブドアホールディングスの子会社ですが、親会社は証券取引法違反で有罪となっています。彼らにいつかIPO（株式公開）という気持ちがあっても、100%の親会社が証券取引法違反の有罪ではIPOというのはありえません。ですから彼らに独立という選択肢を与えるという意味でも非常によかったと思います。</p>
<p>よく「万感に迫るものががあるでしょう」とかいわれますけれど、僕は社会に出て、92年からCEOを4社やりましたが、弥生は最高の仕上がりだったと思います。いいチームに恵まれたし、いいパートナーに恵まれました。ただ、ずっと雇われ経営者で、企業の再生を生業としていましたので、僕も自分の会社をやりたいというのはあります（笑）</p>
</dd>
</dl>]]></description>
            <link>http://digiper.com/interview/article/23.shtml</link>
            <guid>http://digiper.com/interview/article/23.shtml</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">矢澤哲</category>
            
            <pubDate>Tue, 30 Oct 2007 14:06:25 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>インフォアクシア 植木真氏</title>
            <description><![CDATA[2007年5月17日にWCAG 2.0（Web Content Accessibility Guidelines 2.0）のワーキングドラフトが更新され、ウェブアクセシビリティへの関心がいっそう高まっている。日本、世界におけるウェブアクセシビリティへの取り組みや現状の問題点、ウェブアクセシビリティの今後について、この分野の第一人者、<a href="http://www.infoaxia.co.jp/" title="株式会社インフォアクシア ウェブサイトへ">株式会社インフォアクシア</a>の植木真氏にうかがった。

<dl>
<dt>聞き手</dt>
<dd><p>デジパ：加藤、土屋</p></dd>
</dl>

<dl>
<dt>加藤</dt>
<dd>
<p>そもそもウェブアクセシビリティに関わるようになったキッカケは何だったのですか？</p>
</dd>
<dt>植木</dt>
<dd>
<p>5、6年前、ユーザビリティのコンサルティング会社に転職しまして、その会社でアクセシビリティのチェックツールをローカライズするプロジェクトの話があって、それを担当することになったのがキッカケです。チェックツールのローカライズをしていく中で、たとえば全盲の人ともお会いする機会を持てるようになったんですが、彼らがパソコンを使ったり、点字をなぞっているところを見たりするようになって、全盲の方2人と弱視の方と僕の4人でサンフランシスコのステーキレストランで食事したこともありましたね。それに、全盲の人が全盲の人にパソコンを教える勉強会を見学したこともあるんですが、80歳過ぎのおばあちゃんが失明してしまってグーグルの使い方を一所懸命に習っていたのを見て、ウェブを障害を持っている人たちにとって、もっと使いやすくしていきたいという想いを強く持つようになりました。</p>
</dd>
<dt>加藤</dt>
<dd>
<p>5、6年前というとアクセシビリティに関して、いろいろ環境が整備され始めた頃ですね。</p>
</dd>
<dt>植木</dt>
<dd>
<p>米国ではリハビリテーション法508条が施行されて、日本ではJIS X 8341-3の策定が始まろうとしていた、そんなタイミングです。もともとJISというのは経済産業省の所管で、経済産業省としては電子政府、電子自治体の推進する上で、使える人、使えない人、いわばデジタルデバイドが出ないようにしたい。そこで主に官公庁、自治体が取り組むためにはどうしたらよいのか、それを日本工業規格にまとめたい、という流れがありました。欧米のアクセシビリティに関する取組みは公共分野からはじまってますが、実際JISが制定されて、日本では蓋を開けてみたら官公庁より企業サイトのほうが積極的でした。欧米の専門家たちと情報交換していても、おそらく日本が企業サイトの取組みにおいては世界をリードしているのではないかという話が出るくらいです。</p>
</dd>
<dt>加藤</dt>
<dd><p>JISのガイドラインの策定には制作サイドのお立場から関わっていらしたのですか？</p>
</dd>
<dt>植木</dt>
<dd>
<p>策定作業の最後の1年間だけ関わっていて、大学の先生とかメーカーの研究者、同業のコンサルタントなどと一緒に策定していました。僕がウェブ業界に入ったときは制作会社のディレクターをやっていまして、そのあと企業サイトのウェブマスター、そしてコンサルティング会社に転職したので、ウェブコンテンツを制作する側と、作ってもらう側、どちらでもない第3者的立場というのを渡り歩いてきました。JIS X 8341-3の策定に関わっていたメンバーやアクセシビリティの専門家の中では、そういうキャリアを持っているのは僕だけなんですよ。ですから、立場としては、コンサルタントになるんですが、気持ちとしては制作と運営の両方でしたね。標準化している現場とコンテンツ制作やサイト運営をしている現場との橋渡し、さらには日本のJIS X 8341-3と国際標準のWCAG2.0との橋渡し、そういうブリッジ的な役割が自分のミッションだと思ってます。</p>
</dd>
<dt>加藤</dt>
<dd>
<p>欧米と日本のアクセシビリティにはどんな違いがあるのでしょう？</p>
</dd>
<dt>植木</dt>
<dd>
<p>JISを作ったときに既存のガイドラインになかったものとしては、例えば、単語の間にスペースや改行を入れてはいけない、というのがあります。スペースや改行が入ってしまうと読み上げソフトからひとつの単語として認識されなくなるからです。WCAGワーキンググループで「日本ではこういう理由でスペースや改行を入れてはいけない、というガイドラインを作ったんだけど、英語や他の言語で同じ問題はないですか？」と訊いたところ、英語なんかでもスペースを入れたりすると単語ではなく、アルファベットで読み上げられるという同じ問題があったんです。他にも、形や位置だけで情報を伝えないとか、JISにはあってWCAGにはなかったガイドラインのほとんどが、今ではWCAG 2.0ワーキングドラフトの中に盛り込まれていますよ。WCAG 2.0が出た時点では、たぶん、言語に関係なく世界共通のものという感じになってくるんじゃないかと思います。</p>
<p>漢字の読みがなに関しても海外の人は理解できていなかったのですが、事例を交えて説明して日本語にはそういう問題もあるんだということを理解してもらって、それに関する項目もWCAG 2.0ワーキングドラフトに入っていますしね。WCAGワーキンググループも国際化、つまり特定の言語に依存しない、という方針があるので、日本からの提案や意見も取り上げられるようになっています。</p>
</dd>
</dl>

<img src="/img/interview/22/070820_01.jpg" width="510" height="165" alt="植木真氏写真" />
（上記画像左側）インフォアクシア植木真氏
（同右側）アクセシビリティのポータルサイト、infoaxia（インフォアクシア）

<dl>
<dt>土屋</dt>
<dd>
<p>今アクセシビリティで問題になっているのはどこですか。</p>
</dd>
<dt>植木</dt>
<dd>
<p>日本でいうと読み上げソフトの問題ですね。日本語の音声ブラウザやスクリーンリーダーの機能が、英語の製品なんかと比べるとかなり物足りないという点です。それがコンテンツを作る側の足かせになっている側面があって、何とかしていかないと日本だけ世界から取り残されるのではないかという危機感があります。</p>
<p>たとえば、見出しをマークアップしましょう、というのがありますけど、英語のスクリーンリーダーは見出しだけを拾い読みして読み上げることができるんですが、日本の主要なスクリーンリーダー、たとえば「<a href="http://www.aok-net.com/index.htm" title="PC-Talker ウェブサイトへ">PC-Talker</a>」や「<a href="http://www.ssct.co.jp/barrierfree/95reader/" title="XP Reader ウェブサイトへ">XP Reader</a>」、新しいところでは「<a href="http://www.skyfish.co.jp/focustalk/index.html" title="Focus Talk ウェブサイトへ">Focus Talk</a>」などは、まだそういう機能を持っていません。</p>
<p>それに、もっと深刻なのは、Ajaxなどを使用したリッチなアプリケーションですね。W3Cでは、WAI-ARIA（Accessible Rich Internet Application）といって、Ajaxなどのウェブアプリケーションのアクセシビリティを確保するための仕様群の策定が進んでいます、英語のスクリーンリーダーでは、早速その仕様に沿って作られたものを読み上げられるものが出てきています。でも、日本のスクリーンリーダーは、果たして対応していってくれるのかな、というのを心配しています。そういったアクセシビリティを、コンテンツ制作者やサイト運営者だけじゃなくて、スクリーンリーダーの開発者、ベンダーにも働きかけていかないと、使いたい新技術が使えないジレンマに陥ってしまうので、何とかしなければいけないと思っています。</p>
</dd>
<dt>土屋</dt>
<dd>
<p>日本でデフォルトの読み上げソフトというと…</p>
</dd>
<dt>植木</dt>
<dd>
<p>音声ブラウザではIBMのホームページリーダー、スクリーンリーダーは個人的な感触ですがPC Talkerあたりのユーザーが多いですね。ホームページリーダーは機能的によいのですが、IE7とWindows Vistaに対応しないことを発表しているので、これからどうなるのか。海外には高機能なJAWSというスクリーンリーダーがありまして、日本語版もあるのですが価格が15万円くらいします。海外はJAWSがデフォルトで、JAWSで使えればOKという感じなのですが、日本では一部の人しか持っていないので、JAWSを基準とするわけにはいきません。かなり機能の劣るスクリーンリーダーをベースにしなければならず、それがコンテンツ側の足かせになる可能性があるのです。</p>
</dd>
<dt>土屋</dt>
<dd>
<p>とはいえJAWSはちょっと手が出ないですね。制作する側が検証用として用意するとしたら、やはりホームページリーダーですか。</p>
</dd>
<dt>植木</dt>
<dd>
<p>僕がおすすめしているのは、HTMLのチェックだったらホームページリーダー、FlashだったらPC Talkerですね。ホームページリーダーは、画面にも表示されるので初めてでも使いやすいと思います。PC Talkerなどのスクリーンリーダーは、画面が全く変わらないので、慣れるまでは使いにくいかもしれません。ホームページリーダーも、最新版の3.04でFlashに対応しているのですが、バグがかなり多くてちゃんと読まなかったり、途中でフリーズしたりするので、前バージョンの3.02をそのまま使っているユーザーも少なくないようです。</p>
</dd>
<dt>土屋</dt>
<dd>
<p>全盲の人がスクリーンリーダーを使い始める、というところで壁があるような気がします。フリーのスクリーンリーダーが出ないかなと思うのですが。</p>
</dd>
<dt>植木</dt>
<dd>
<p>ちょうどいま、オープンソース化の波がアクセシビリティにも来ていて、スクリーンリーダーも無料、かつオープンソースのものが出てきています。実はそれを日本語化しようという動きも既にあるんですが、機能はJAWSに似せているので、それが日本語でも使えるようになれば機能的にも十分ですし、ユーザーの経済的な負担もかなり軽くなるでしょうね。もしそれが実現できれば、国内のベンダーさんにとっても良い刺激になるんじゃないかなと思っています。またIBMさんもIBMさんで、ちょっと違うレイヤーというか、違う切り口で考えていらっしゃるので、決してアクセシビリティ関連の取組みを止めたということではないようですよ。</p>
</dd>
</dl>]]></description>
            <link>http://digiper.com/interview/article/22.shtml</link>
            <guid>http://digiper.com/interview/article/22.shtml</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">牧谷泰樹</category>
            
            <pubDate>Mon, 20 Aug 2007 15:24:05 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>CSS Nite主催　スイッチ鷹野雅弘氏</title>
            <description><![CDATA[2007年7月15、16日に開催されるウェブクリエイター向けイベント「<a href="http://days2007.cssnite.jp/" title="Web標準の日々公式ウェブサイトへ">Web標準の日々</a>」を前に、<a href="http://cssnite.jp/" title="CSS Nite 公式ウェブサイトへ">CSS Nite</a>を主催している<a href="http://swwwitch.com/" title="株式会社スイッチウェブサイトへ">株式会社スイッチ</a>の鷹野雅弘氏に、ウェブ標準を取り巻く状況やCSS Niteのこれからの展開についてうかがってみた。

<dl>
<dt>聞き手</dt>
<dd><p>デジパ 両見、平澤</p></dd>
</dl>

<dl>
<dt>両見</dt>
<dd>
<p>ウェブサイト制作のほか、本もお書きになり、セミナーイベントも主催されていますが、そもそもウェブに関わるきっかけは？</p>
</dd>
<dt>鷹野</dt>
<dd>
<p>高校生の頃からミニコミを作って文章書いたりレイアウトしたり、広告営業したりみたいな、その手のことが好きで、DTPには自然にはまりました。理工学系でコンピュータを勉強したり、美術系の学校を出ているわけでもないのですが、エディトリアル系のグラフィックデザインが自分のベースなんです。</p>
<p>インターネットが出てきたときには、パソコン販売店で働いていました。ソリューション営業というか、手厚いサポートをウリにしていたので、お客様の要望で接続のサポートをしたり、ちょっとしたウェブページを作ったりしていたんですが、ウェブはメディアになるなと、ひらめいてからずっと追いかけていますね。<p>
</dd>
<dt>両見</dt>
<dd>
<p>CSS Niteはどんないきさつでスタートされたんですか？</p>
</dd>
<dt>鷹野</dt>
<dd>
<p>ちょっとしたつてでアップルストアの方から声がかかり、単発で何回かDTPやウェブのトピックで銀座のシアターで喋ったんです。そこそこ人がはいったこともあって「連続ものやってみませんか？」というオファーを頂いて、「自分が聞きたい人を呼んできて、その人に喋ってもらおう」みたいなことを考えたんです。ちょうど、CSSレイアウト、ウェブ標準、アクセシビリティといったテーマが熱くなってきたタイミングだったこともあり、3回の予定だったんですが、6回、1年とだんだん伸びて、結局、この3月まで18ヶ月、マンスリーで開催しました。</p>
<p>「知的探求心の私利私欲」って呼んでいるんですが、ひとりのウェブサイト制作者の視点で自分の聞きたいことや気になる人を追いかけてみたところ、それが皆さんに響いたのでしょう。もちろん、各回のゲストの方の知名度も手伝って、特にお金をかけずに集客することができました。</p>
</dd>
</dl>

<img src="/img/interview/21/070619_01.jpg" width="510" height="165" alt="鷹野雅弘氏写真" />
（上記画像左側）スイッチ鷹野雅弘氏（同右側）CSS Nite 公式ブログ

<dl>
<dt>平澤</dt>
<dd>
<p>イベントにはいろいろな人が集まってますね。</p>
</dd>
<dt>鷹野</dt>
<dd>
<p>そうですね。ウェブの世界は本当に動きが激しい。突然新しいものが出てきて、いままで学んでいたものが時代遅れになるのは日常茶飯事。いくら勉強をやってもやりきれない。でも「やるんだったら楽しくやろう」と面白がって取り組んでいる人たちが集まっているように思います。</p>
<p>コーダーとかマークアップエンジニアと呼ばれるような職種にはクリエイティビティは必要でないみたいなことを言われたりといった状況がありますが、実際そんなことありませんよね。確かに、ソースコードまで評価するクライアントはあまりいないけど、マークアップという作業は単純な作業ではありません。</p>
<p>ワークフローの最後の方にいるためにスケジュールのしわ寄せを受けていたり、社内で孤独に戦いながらキャリアパスも見えないといった状況で、「あ、僕ってこうなっていくのかな」、「私の目指すところはここかもしれない」とかロールモデル（目標）が見えたり、「なんだ、みんなここで困ってるんだな」みたいな共感を得ることをができる「場」としてCSS Niteが機能したみたいなんですね。</p>
<p>あと、益子貴寛さんや長谷川恭久さんなど、業界を引っ張る「スター選手」が、フレンドリーでオープンマインドだというのもポイント高いかもしれません。いわゆる「クリエーター系」の人種とは、まったく違う「バイブ」があります。</p>
</dd>
</dl>]]></description>
            <link>http://digiper.com/interview/article/21.shtml</link>
            <guid>http://digiper.com/interview/article/21.shtml</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">牧谷泰樹</category>
            
            <pubDate>Tue, 19 Jun 2007 19:42:27 +0900</pubDate>
        </item>
        
    </channel>
</rss>


