2004年10月
100キロ完歩
朝6時に、愛知県刈谷の明石公園集合。参加者320名のうち、なぜかネット系のビジネスをしている人が2割位いる。楽天ショップの店長のクチコミで広がっただけあって楽天関係者が多い。7時に一斉スタートし翌朝5時半に伊良湖をゴール。
途中、雨、雷、雨、、、、でしたが
100キロ完歩しました
22時間22分のぞろ目です
いやー本当に感動、感激、感謝です。
これで禁酒めでたく終了です
あーストイックだった。
なにが素晴らしかったかというと
ボランティアスタッフの献身的なサポートでした。
チェックポイントは野戦病院状態でしたが
サポーターの人のためにがんばろうという気持ちになりました。
個人競技でありながら、参加者の中にも一体感があり
イベントの盛り上がりが素晴らしく
最後に、完走した人もリタイアした人も気づきをシェアしあい
感動の渦の中でイベントが終了しました。
私は、月曜日に社員にシェアしたら3人が来年の出場参加を表明し
私はボランティアで参加することにしました。
いやー来年が今から楽しみです。
主催者の七福醸造は
地元で、「嫁さんもらうなら七福醸造の社員をもらえ」という伝説があるほどの
理念型の企業で、私も犬塚社長のファンになってしまいました。
今回の気づき
「どんな大きなことも、一歩一歩の積み重ね」
でした。
達成会
今夜は、社内の達成会でアークヒルズのla cascataで食事。シャンパンで乾杯する瞬間がなんとも快感。ビジネスはゲーム感覚でやると楽しい。そして、達成感を共有できる仲間が多ければ多いほど喜びも大きい。
2年前、最初の達成会は4人でスタート。
今年もあと2ヶ月、ラストスパートです。
ブランド販売
ホンダの宣伝販促部の渡辺春樹さんのお話をお聞きした。
興味深かったのはメディアと車販売の関係という話題だ。
昔、車のビジネスは「訪問販売」だった。訪問販売の鍵は営業マンだったが、それは非効率という点で消滅した。
最近の20年、車ビジネスは「店頭販売」であった。店頭販売の鍵はマスメディアであったが宣伝費が非効率になり衰退。
今の車ビジネスは「ブランド販売」で鍵はネットワークプレゼンス。インタネットのコミュニケーションが命という。ホンダにはS2000というスポーツカーがあるが、99年には何のCMもしない車種でありながらホンダのHPの中でダントツの人気ページとなり10274台を販売したという。
そして、2003年のWEB経由のカタログ請求者274,738人のうち14.5%がホンダ車を購入した。また、この年には購入の決め手になったメディアとして「専門誌」から「インターネット」へと購入時のNO1メディアが逆転した。
年間107万人のネットコミュニティに対していかに「ホンダらしさ」を伝えるかが店頭販売からブランド販売への変化対応への鍵だとおっしゃられていた。
今、販売手法は確実に変化している。
変化できる会社のみが生き残る。
社長の志向
学校法人向けコンサルティング会社を経営している㈱ランリグの渡辺君がビジネスモデルの相談に来社。
彼も、昨日のT社長に続き20代の経営者だ。
渡辺君はワイキューブに新卒で入社し今年、独立を果たした。
彼が新入社員時代に私が上司であったり、実家が2キロ先にあったりと縁が深い。
彼を見ていて感じるのは「自由志向」である。
デジパでも何人かが独立していったが、最近の経営者を見ていて感じるのは「自由志向」の人が多いことだ。
15年位前、私が社会人になった頃の経営者は圧倒的に「金志向」「名誉志向」が多かった。
例えば、スーツをひとつとってもブランド物が主流だったが今はブランド物からセレクトショップへと時流が変化している。仕事も、自分のやりたいことをするために独立する。自分のライフスタイルを実現したいから独立する、という志向が強くなってきている。
私自身、20代で独立したとき「南の島を買いたい」「世間をあっと言わせたい」という志向もあったが「いつでも自分が行きたいときに旅に出る」とか「人に縛られたくない」という自由志向が圧倒的に強かった。
だから、デジパを立ち上げたとき「自分らしい生き方」というワークスタイルを掲げ独立支援制度を創業時に作った。
今、20代の経営者が増えたのを本当に実感する。
これはいいことだ、今まで日本は経営者をやるためのハードルが高すぎた。
株式会社の資本金が1000万円必要であったり、金融機関のプロパ融資に担保あるいは社長以外の第3者保証が必須であったり。
この点は、この10年かなり変化したと感じる。
起業家になる奴はオーラを持っている
午後に提携の打ち合わせにT社長が来社。
彼とは3年ぶりに再会したがその当時からいいエネルギーを出していた。
当時、彼は21歳でネット企業に勤めていた。
創業して2期目に入ったそうだが業績を順調に伸ばしており目標はカルロスゴーンのような大企業を立て直すような経営者になることだそうだ。
話をしていると、もともと経営者志向があり自分を成長させるためにいろいろな職業についたという。
デジパでは新卒採用を創業期から行っており、昨年も会社説明会に500名の応募があった。
そこで「どうすれば経営者になれますか?」という質問が一番多い。
答えは簡単で「なにがなんでも起業家になる」と決めることである。
ほとんどの学生が「将来、経営者になりたい」というが「なにがなんでも経営者になる」という人はほんのわずかである。
意志することコミットメントすることが一番重要である。
その瞬間から意識と行動が変わる。
ちなみに私は22歳の時にコミットメントした。
コミットメントすると意識が変わる。そして、その瞬間からその人のオーラが変化する。
T君には3年まえからそのオーラがあった。
そのオーラが起業に必要な要素を集めるのだ。夢の実現はコミットメントの強さでほぼ決まる。
これに関して、私は20代に研究したがVOICEから出版されているマイクマクナスのソースが私のお勧めで、社員や友人にプレゼントすることが多い。

京都のすすき

朝8時に京都の出町柳をスタートし60キロ先の大阪をめざして鴨川沿いを歩き始める。
出町柳の地名通り柳の木が風流である。
鴨川から桂川に抜け木津川と淀川の交差地点に向う、川沿いに繁っているすすきが秋を感じさせ心地いい。
木津川は奈良方面、淀川は大阪方面だ。ここから淀川沿いの大阪方面に向う。
この2ヶ月、週末は長距離ウォーキングが日課になっている。思い返せば、友人の岩月氏が「キリちゃん知多半島横断100キロ走をやろうよ」といわれ何となく「いいよ」と言ったのが事のはじまり。
100キロといえば同じ歳の杉田かおるが8月に24時間テレビで100キロ走破したのを思い出し、
100キロ30時間以内の大会が10/30に開催されるというので出場することになった。
ということで先々週は金沢、先週は横浜から白金の自宅と週末の長距離ウォーキングを楽しんでいる。
今回の60キロは、今だかつて経験したことのない距離でかなりきつかったが京都の風流な雰囲気に助けられ何とかゴール。
先日の金沢の路地も素敵だったが京都の路地は歴史観とおだやかさのマッチングが何ともいい。
今度はゆっくり散歩してみたい。大阪駅到着が夜の8時過ぎまずまず予定通り。
今夜は爆睡していまいそう。
大阪の鰻谷
大阪に来るたびに街の活気がなくなってきていくのを感じる。
学生の頃、ミナミの鰻谷が好きだった。
そこには大人の雰囲気があった。
隠れ家ぽい店が多かった。
今日、久しぶりに鰻谷を歩いて驚かされたのは大手チェーン店の多さである。
最近、地方の商店街の経営が成り立たなくなり大手チェーン化されたいく姿をまのあたりにするが
鰻谷まで同じ現象が起きている。つまり、地域にお金が落ちない。
利益が全て本社に行くのである。
大阪人は元来、形のないものにはお金をかけない。
私が大阪で初めてビジネスを始めたのが14年前だが、ソフトに金をかけない気質が理解できなかった。
その気質が東京との地域格差を作りだした大きな要因に思える。
そういう私は大阪生まれである。
ネットショップのスーパーサポーター
台風23号のピークの中、船井総研の大山氏に呼び出され日本ビジネスサポートの佐藤氏とのセミナー打ち上げに合流。
佐藤さんは楽天トップクラスの店長ではおなじみのCRMソフト「頑張れ店長」を開発したネットショップのスーパーサポーターである。
ネットショップの損益分岐点が100万円と言われるが、ネットショップでは一日30件以上の注文を受けるところから店長のジレンマが起こり始める。売れば売るほど事務処理に終われ睡眠時間を削るという結果に陥る。
そんなバックヤードの効率化のために生まれたCRMソフトが「頑張れ店長」で導入件数がすでに246店舗に達し、楽天の店長には救世主とまで言われている。
社長の佐藤さんが日本国中を自ら行脚してバックヤードの効率化を伝授し、子供を育てるがごとく店長を見守っている。このソフトを使えば一日10時間かかっていた処理が5分の1にまで削減できるという。店長は空いた時間を再びプロモーションにかけ第2ステージの月商1000万円の壁突破に向うのである。
経営には常に壁があるが、アーリーステージの壁を破る方法の一つは、いかに自分の時間を作り出すかである。
経営者は時給の低い仕事をしてはいけない。
私もデジパの経営を始めて3年、3度目の起業になるがスタートアップ期とセカンドステージ期とでは経営者の役割と動きは大きく変わるのである。







